最果ての国

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 彼女の良いところは、とにかく自分を隠したり取り繕って誤魔化すということをしないところだ。  例えば、お上品なフリして少食を装うということはしない。また、食べ物の好き嫌いも非常に少ない。土地にしろ人にしろ、相手の“良いところ”を見抜く眼もある。元は学校の先生志望だったというのも納得がいく話だ。きっと結婚せずに先生になっていたら、今頃子供達の笑顔のあふれる教室を作り上げていたことだろう。  あっけらかんとしていて、さっぱりとした美人。そして、“女は男の一歩後ろを歩くくらいが相応しい”みたいなことを考える男も少なくないご時世で、はっきりと“男と女は対等に決まってるじゃないの、むしろ子供が産める女の方が断然偉いと思うわ!”ということを言えるくらい気の強い女性でもあった。そりゃあもう、押しの弱い僕のような人間が常に引っ張られる側なのも自然な流れだろう。 「此処、テレビがあってよかったわ。……万博のニュースが流れると、ちょっと淋しい気持ちになるけど」  彼女は少しだけ切なそうに眼を細めた。テレビは、ほとんどこの病院から出ることのない彼女にとって数少ない楽しみであるのだろう。だが、放送を見れば見るほど、どうして自分はその場所に行けないのだろうという気持ちも募るに違いない。  特に今は、大阪万博の真っ最中である。白黒映像でも、その賑わいぶりは十分に伝わってくるというものだ。遠くへ行きたい、彼女がそう思う候補には、きっと大阪も含まれていたに違いない。 「来月にはもう、終わってしまうのよね。……それまでに病気を治して、繭子(まゆこ)直子(なおこ)を大阪に連れていってあげたかったのに。ごめんなさいね、私のせいで」 「亮子……」  僕はこういう時、自分の力不足を痛感するのだ。  悪いのは彼女ではない。彼女を救うことのできない――弱い弱い、僕の方だというのに。 「……いっそ、国外に行ってみるっていうのはどうだ?」  だから僕は。苦しい気持ちや淋しい気持ち、何もかもを押し込めて――ひたすら笑顔を作り、彼女の手を握って励ますしかないのである。 「戦時中とは違うんだ、今はもう飛行機で何処にだって行ける時代じゃないか。僕もまだ国外には取材で行ったことはないけれど……いつかアメリカとかイタリアとか、そういうところに行ってみたいなって思ってたんだよ。英語なら多少喋れるし、なんなら君をエスコートするために他の国の言葉だって勉強してみせるぞ!えっと……セニョリータ?」 「それ、何語か分かって言ってるの?もう、おかしな人ね!」 「なんとなく通じればいいんだよ、なんとなく!問題ない!ノープロブレムってやつさ!」  本当は、わかっていたのかもしれない。いつまでも、こんな時間が長く続くわけではないということくらいは。  夢は、いつか終わらせなければいけないのだ。例えそれを、彼女が望んでいないとしても。
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