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待ち合わせ場所に着くと、既に康太が来ていた。
彼は美容室に行ったのか、髪型が変わっていた。久しぶりに短くした髪型が、結構似合って見える。
しかし、そのおめかしが特に功を奏することはなかった。有加は、彼の目の前に走り、辿り着くと息を整えてから、一方的に話し始めた。
「康太の別れたいという気持ちは分かった。もう今日で会うのはやめよう」
「……っ」
彼の眉がピクリと動く。
「最後に……私の思っていたことを言うね」
「あ、ああ……」
「一つ目、言葉の乱暴さ。喧嘩したときは、とても汚い言葉で私を罵るところ。つきあっているといえ、アレはとても辛かった」
「ぐっ……ごめん……な、直す」
単なる事実なので、反論の余地がない。有加は彼の言葉を無視し、淡々と語った。冷静に話す彼女の声はつららのように冷たく、彼の心を凍らせていく。
「二つ目、他の人と私を比べること。特に、他の子が可愛いとか無神経にもほどがあるし、極めつけは貴方のお義母さんと比べるところ。多分友達に相談したら、百人全員がマザコン男と別れなさいというと思う」
「なっ。ずっとそんなこと思っていたのか?」
康太の声には怒気が含まれていた。
しかし、そんなものは覚悟をした有加には届かなかった。
「うん」
「なぜ言わなかった?」
「言ったら、今みたいにキレるでしょう? 怖い思いをするのが分かっていたから。最低だよね?」
言わせなかったのは自分のせいだと、康太は認識した。彼女の最低という言葉に返す言葉が無かった。
「三つ目。時間にルーズなこと。待ち合わせをしたら、殆ど遅れて来たよね?」
「そ、そんなことで——」
「そんなこと!?」
前の二つに比べると随分マシじゃないかと言おうとした口を、康太は慌てて閉じた。有加の声は、そうさせるほど冷たく、強かったのだ。
「だから、私たちは——」
別れた方が良い。有加はそう言いかけたが、言葉が続かなかった。
言葉に詰まった有加を、康太は強く抱き締めた。
彼女は抵抗もせずなすがままだ。
いつの間にか傾いた太陽が二人を照らす。その暖かな日の光は、さっきまで激しい言葉の応酬をし、凍り付いていた心を溶かしていく。
抱き合うことで、お互いの温もりや、柔らかさや、力強さ、匂いを愛おしく感じた。長く付き合ってきただけに、よく知っているものがこんなに尊いものだと思い知る。
「なぁ……やっぱ止めとけば良かったな……こんなこと」
「とても……とても傷ついたような気がする」
「ごめんな」
「ううん、私こそごめん」
二人は抱き合ったまま、話を続ける。
「もし、別れることになったらどうなるか、試そうって言ったの康太だよね?」
「うん。今ではやって良かったのか悪かったのか」
「良かったと思う。たくさん泣いたけど……康太のこと失うの怖いと思ったよ」
「俺もだ」
有加は彼の背中に両手を回した。そして、康太の胸に顔を預ける。鼓動は聞こえなかったものの、ひときわ優しく感じる体温は、とても心地よいものだった。
「お互い容赦なかったよね」
「うん。でも直さないと行けないところ、よく分かった。今まで我慢させてごめんな」
「ううん。いろいろと大切なことが分かったから……リハーサルとしては、成功だったかな?」
有加はそう言って、彼の胸から顔を放した。
太陽は刻々と傾いていく。秋の夕暮れは、とても駆け足だ。それが余計にこの時間を大切にしたいと思わせているようだった。
「そうかもな。でも、これは本番なんて無い方がいいよ」
彼の言葉が、これ以上無いくらい切実で、真剣で。心に響いたような気がした。
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