一章

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「ねぇ、隆さん。仕事終わったら映画見に行きましょうよぉ」   猫撫で声でフロントに頬杖を突きながら隆弘にデートに誘い、断ろうとも食い下がろうとしない雫はキラキラした瞳で言い寄っている。   それを後片付けをしながら面白くなさそうに雄一は一瞬の隙を狙うハイエナのような鋭い視線で隆弘と雫を見つめていた。  俺達二人がこの店を始めたのは五年前。お互いの気持ちに気づき、住み始めて間なしのことだった。 「行かないよ。この後は雄一と一緒に家に帰るから」   毎日のように閉店間際に押しかける雫にうんざりしていた隆弘は足蹴にでもするように雫に言い放つ。 「俺と行こうよ。帰っても暇だしさ」    いつも間にか側に詰め寄り雫の側で嬉しそうに雄一は雫を誘った。 「雄一、帰ってしなきゃならないことがあるんじゃないの?」  一週間前からリビングの床に大きく広げられたパズルを仕上げてもらわないといけない。これは強制的に雄一に申し伝えてあった。 「あ、明日やるよ、今日は雫ちゃんとデートしたい」 「公然浮気かよ…」 「ただデートするだけだよ。俺には隆弘がいるし」  そんなことは信用できない。  俺達のの出会いは美容学校生の時だった。  話しやすい雄一の将来の夢に自分の夢を重ねていた隆弘は、いつの間にか雄一に恋い焦がれるようになっていた。  その場のノリなのか隆弘の気持ちに気付いた雄一から恋人として付き合おうと告白された。  付き合い始めて雄一の下半身の緩さに愕然とした。何度も遊びの浮気を繰り返し別れ話をした苦い過去がある。男も女もいける雄一は社交的な性格から人を惹き寄せ人狂わしの魔物が住んでいる。  何度も泣いて苦しんでいる隆弘を慰めるのは雄一本人で、その人狂わしの餌食になっている自覚は隆弘自身あった。  それでも雄一を愛している。今ではそれが性格なのだと言い聞かせている気もしないではない。 「何で雄さんとぉ、行かないよ。俺食われちゃうじゃん」   そんな噂も雄一の性格も見破っている雫に足蹴にされる。 「隆さん、こんな浮気者やめて俺と付き合おうよぉ。俺は隆さん一筋なんだけどなぁ」 「隆弘はダメだから。俺に惚れてるし、雫ちゃんには靡かないよ」 そんなところで独占欲を発揮しなくてもと隆弘は溜息を吐いた。  早速、自宅マンションに帰った雄一は風呂場に直行し、シャワーを済ませてリビングで蹲った。  単純なものだとここでも溜息を吐く。帰り際、雫に言われた通りにパズルを仕上げようと躍起になっている。
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