一章

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『明日良ければ、晩飯でもどう?』  雄一が惹かれる雫を……そんな馬鹿げたことを思いながらメールを送った。  すぐに返信はないだろうとテーブルにスマホを置いた瞬間、バイブが震えた。 『ええ?ほんとマジで?どうしたの?嬉しいんだけど!行く!行きます!』  飛び跳ねる絵文字は嬉しそうで、雫の喜んでいる顔が眼に浮かぶ。  こんなに想いを寄せてくれる雫となら上手くいくのかもしれない。だが、隆弘は雄一の事に踏ん切りがつくまでは誰も好きになれないと思っている。    雫を利用する事になる。そんな酷いことをしようとしていることも雄一への想いから考えることができないでいた。ただ、雄一が欲しがる物を手に入れ悲しみ怒り狂った雄一を苦しめたいだけだった。  自分が傷ついた代償を雫を利用して雄一を苦しめ悲しませたいとただ一心に思っていた。  雫に興味はない。女のようにしなやかな身体。酷くすれば壊れそうな身体は好みではない。雄一とは正反対な女のように甘える仕草。自分の可愛さを売っているような奴は同じ男として虫酸が走る。  元来女を抱けない隆弘は雄の匂いのするような男を好んでいる。  何もかもが雄一とは違う。自分好みの男を抱いて浮気するなんてことはしない。浮気がしたいわけじゃない。一途に想い続けた雄一を苦しめたい一心だけで突っ走る気持ちを抑えることができなかった。  アシスタントに徹していた雄一は時折傷が痛むのか何度も手を摩っていた。  そんな雄一に声をかけることはなく、あの一瞬眼があったことを言わない雄一に怒りさえ感じていた。  あれはその場の冗談だとでも言って欲しいんだろうかと、思っては哀れで惨めになる。  さっさと片付け、何か言いたそうな雄一に後は任せて店を出た。  待ち合わせの場所に脚を向け、ビルの隙間から流れてくる北風にコートの襟を立てた。

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