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♰3 老人と海
夕陽が海面に幅広い光の回廊を浮かべていた。波が浜に打ちよせている。波は砂を巻きあげ、水をにごらせ、砂を巻きこみ、空気をとりこんだ。青く澄んだ海水のなかにきめ細かい発泡が広がって、海は穏やかに呼吸をしていた。
外洋の荒々しい打ち波は、いまもこの島の陸地を荒涼たる姿に削りとっているが、入り海のなかにあるこの浜は、外海の大波の余韻ていどであったためいつも穏やかな波がひいてはよせていた。
いまひとたび、波が押しよせ、堆積した化石珊瑚のなかからいくつかの白いかけらが海中に舞いあがった。
そのなかにひとつの巻貝が海水に弄ばれて浜辺に打ちあげられた。数かけらの化石珊瑚とともに渚の上に転がりでた巻貝は、きちんと先端部分を上にしてその姿をあらわにしていた。
巻貝の中から小さな節くれだった脚がとび出て、砥草の新芽のような触覚を前方にピンと伸ばした。大きさの違う二本のはさみをふり翳し、小さな健気な目が陸地の草っぱらのほうを見ていた。
波がひいた。白いかけらはそのひき波で海にもどったが、小さな巻貝に棲みついたヤドカリは、浜辺にとどまり、触覚をふるわせてあたりのにおいを探りだした。
再び波が打ちよせた。カラカラと化石珊瑚が波打ち際で洗われる音がした。――その音が合図であったかのようにヤドカリは砂浜を移動しはじめた。
いまの波打ちにべつのものが姿をあらわしていた。<カラッパ>と呼ばれているカニだった。それは、すばやく動き、とまり、すばやく動いた。
カラッパは砂浜を草地に向かって移動している巻貝を見ていた。草地にまっすぐ向かって小さな穴をテンテンと穿ち、ヤドカリの仮住まいが揺れていた。カラッパは口から泡を吹き、大仰にはさみをふりまわしていた。海はその様子をとくに気にかけるでもなく、堆積している化石珊瑚の表層を悠久の果てからつづけているように波打ち際で洗っていた。いまもまた、乾いたカラカラという音が鳴っていた。
カラッパが動きだした。体を横にして砂地を掘りおこすようにして駆けだした。
ヤドカリは、すでに背後の気配には気づいており逃げていた。が、すでにカラッパの脚が巻貝の先端を捕まえていた。
カラッパは巻貝にとりつき、無駄のない動作でヤドカリの棲み家を逆さまにすると、中にいる住人と対面した。
「かかわりあうことは……、ねえ……」
ひとりの老人がカラッパのそばの砂地を踏んだ。かれは足許に目を落として、そうつぶやいた。カラッパの口からは、小さな節くれが一本見えていた。
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