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♰4 老人と海2
老人は夕陽に背を向けて砂浜を歩き、なだらかな砂丘をのぼりきった。砂の丘の上部は平らになっていて、およそ25メートルほど歩けば海岸線に沿った畦道にたどり着く。だが老人はそこにはいかなかった。老人は砂丘の上に佇み、畦道の向こうにある建物を見た。
〈南浦〉の浜から望んだ木造の建物は、北面が森で、東西、南が開けた高台にあった。白い洋館のような佇まいで、瀟洒な趣だった。
老人は顔の前に手を翳した。
建物の白壁が夕陽で照らされ、黄金色になっていた。
正面に鐘塔がある。その壁面にはステンドグラスがはめてある――夕陽の反射で外側からは模様はよく見えないが、内部からそれを見上げれば、さぞ美しいモザイク模様が映しだされているだろう――、さらにその上の頂には十字架が見えている――それもまた黄金色に染まっている。
いま、その教会から鐘が鳴る音がきこえてきた。それは午後の礼拝の終了を告げる鐘の音なのだろう。硬質の高音はいやにあっさりときこえるが、その残響は心地のよい余韻をあたえてくれている。ついで、礼拝堂の扉口から人が出てきた。
老人は浜辺のヤシの大木に身を寄せた。
まるで、この木と一体化するように。
老人は顔半分だけ、木の陰から覗かせた。
礼拝堂から老若男女を問わず多くの信徒たちが出てきていた。
老人の背後の水平線には、沈んでいく夕陽が海面を煌かせ、かれらに黄昏のときを演出していた。老人は礼拝堂の扉口から敷地の庭につづく階段を下りている群集を見つめていた。
礼拝堂の扉口に黒い衣服に身を包んだ人物が立っていた。
老人はその人物を凝視した。
人物は帰路につく信徒らに、扉口の脇に立って笑顔と謝辞もって見送っていた。
老人は、その人物をまるで値踏みでもするかのように見ていた。
「……かかわりあうことは……ねえ……」
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