♰56 シスター・アイリーンと堀田幹夫2

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♰56 シスター・アイリーンと堀田幹夫2

 堀田老人は、地下室のなかの乱れた形跡があるベッドを一瞥すると、壁の上部の棚を見た。  老人は顔をしかめた。 「そうか、愛宕さまがここを鎮めておられたのか」老人は眉間をよせ、神棚を乱雑に物置にしている具合をみとめると、宝剣を構えた。「(さかき)が必要なようじゃのう……」  シスター・アイリーンは、堀田老人のあとを追って、ソロリ、ソロリと階段を降りていた。彼女は”臭い”を防ぐために、息をたっぷり吸いこんで、ほっぺたふくらませて、指で鼻をつまんでいた。  彼女は階段のいちばん下の段に足がついたところですさまじい悪寒に襲われ、身をすくめた。地下室の出入り口から”臭い”が目に見えて噴きだしていたからだ。  中から堀田老人の声がきこえた。 「おじょうさん! 榊は知っておるか? 持ってきてくれぬか」 「ふぁふぁひどすって? ぽ、ぽこひはふはふ?」(榊ですって? ど、どこにあるの?) 「〈西浦〉のよろず屋にあるはずじゃ。あすこに仏花といっしょに売っておる」 「ぶぶぶ、ぽぽひ、ほほばおいるぬめってべたべた?」(いちど、こっちに、もどってこられたらどうですか?)シスター・アイリーンは、地下室から漏れていた赤い色が暗くなったのを見とめて言った。 「……もう、ておくれじゃ」  堀田老人の目の前では、茶色い虫が大量に発生し、すでに地下室のなかを埋めつくしていた。虫はあらゆるところにとりつき層をなして、(うごめ)いていた。 「おじょうさん! さあ! 急いでくれ。 悪鬼を抑えこむには、榊が必要じゃ!」  シスター・アイリーンはうなずいた。「ばけらった!」(わかりました!)彼女は階段の上に踵をかえした。 「ブッ、ブハ~ァ!」  シスター・アイリーンは口を開けて息を吸いこんだ。  彼女は一階の廊下にもどると、修道服の懐から財布をだしてなかみを見た。――ひい、ふう、みい……371円。しまった、神父さまにお小遣いをもらうのを忘れていた。彼女はしばし考えてからうなずくと、この忌まわしい別荘の一階を見まわし、床に伏せ、壁に背を張りつけ、ときにはリノリウムの床を転がり、天井のシャンデリアの上に隠れたりしながら玄関に到着した。 「えいっ!」  シスター・アイリーンは、玄関扉を飛び蹴りにして蝶番を破壊し、扉の修復を不可能にした。そして残像を残すほどに疾走すると別荘の敷地を出て、切り立った断崖絶壁の端に立った。  切り立った断崖の上から彼女は修道服を(なび)かせながら、麓の〈西浦〉の集落を鳥瞰(ちょうかん)した。家屋の明かりが、ぽつり、ぽつりと見えた。そのひとつに窓にうすいピンク色の明かりが灯った家をみつけた。たしか、あそこが<よろず屋の黒木>だ。
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