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♰60 シスター・アイリーンと堀田幹夫6
茶色い虫の集団が一直線に不動明王に突進してきた。不動明王は掌を盾にしてそれを受けとめ、同時にその掌から火炎を放った。真っ黒コゲになった虫の塊りが棒のように床に落ちると、すかさずゴキブリ軍団の第二波の攻撃が迫った。
「笑止! なんどやっても同じことよ」
不動明王が掌を押しだし火炎を放った。が、その盾の手前で茶色い虫の突進が四方八方に広がった。ゴキブリどもは上下左右から不動明王に躍りかかり、その躰にとりついた。茶色い虫どもは不動明王の躰をその照かった表面で覆つくすとゴソグサと這いずりまわった。これには然しもの仏も鳥膚がたった。
「こ、小癪なっ!」
不動明王は全躰から火炎を放った。地下室内を小葬炉に化すほど燃やし尽くすと、不動明王の姿が明滅し、もとの老人の姿にもどった。
「むう!?」
堀田老人は倶利伽羅剣を杖のかわりにして膝を折った。
老人の前に一体の巨大な物体が壁にへばりついていた。
「さて、ご老体。ちからを出し尽くされたのかな?」
「で、出おったか?」
巨大ゴキブリが壁から六本の脚をはなすと、うしろ脚二本で直立して堀田老人に向かいあった。二本の長い触覚を優雅に揺らしながら見せた面は、昆虫類独特の無気味な造形だった。こやつは悪魔なのか? 堀田老人がその姿を見ていっとう最初におもったことだった。
身の丈190センチ以上はあるだろう。巨大ゴキブリが右脚を上に掲げると、天井からゴキブリの一隊があらわれ、肩車をするように縦に連なると、それは剣の姿にかわった。そして巨大ゴキブリの上にストンと落ちてきて太い節くれの右脚におさまった。
「きさまは、突きか……」
堀田老人は倶利伽羅剣を正眼に構え、警戒した。針のような切先を前方に向け、胴体のなかほどに二本の左脚を折って添え、巨大ゴキブリは半身になって構えた。
西洋剣術! 堀田老人はうなった。
巨大ゴキブリは、いちど剣を顔の前でかかげ、念をこめると「エイ! ヤーッ!」と気合をいれた。
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