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♰63 懐妊2
森義矢はカソックのボタンに手をかけた。そして、ゆっくりと上から順にボタンをはずしていった。
麻里亜が腹をさするのをやめた。光り輝く顔のなかに警戒感が浮かんだ。
黒い立襟の祭服の前がわずかに開いていた。そこから森義矢の裸肌けた胸部と締まった腹部が垣間見れた。
麻里亜は訝るような目つきになった。目を細めて森義矢の胸板を凝視した。
悪魔は、カソックを脱ぎだそうとしている神父を見て、口角を吊りあげた。それは戦いを制した者の笑みだった。
「さあ、こちらにいらしてください、神父さま。ふたりで一糸纏わぬ姿で、愛しあいましょう――」
森義矢は襟首の白いカラーを引きぬき、麻里亜の前に投げ落とすと、カソックの前を開いた。
「あっ?」
悪魔はカソックの内側にある森義矢のからだを見た。悪魔は目を丸くして上から下を見て、また上に戻した。そこに純白の下着を上下に身につけた女のからだがあったからだ。
「……テメエ。……よくもだましやがったな」
麻里亜の口から男のダミ声がした。声は低く、しゃがれていて、生臭い息を吐いていた。
「悪魔にしては、まのぬけた言い方だな」
「ウッギャアーッ!」
麻里亜のからだが大きくのけ反り、突きだした膨らんだ腹が内側から激しく暴れだして、目玉が眼孔から落ちそうなくらいにとび出していた。そして口を大きく開いた。それは顔全部が口であるかのような大開口だった。
その口から毛むくじゃらの腕が一本飛びだし、体液に塗れた剛毛の腕が爪をたてて森義矢に向かってきた。
森義矢は寸でのところで身をひるがえし、その攻撃をかわした。が、鉤爪が森義矢からカソックを奪いとっていた。
麻里亜の口がさらに大きく開かれた。巨大な物体が麻里亜の口から這いでてきた。体躯は森義矢をはるかに上まわり、頭部は人間のかたちに近く、半人半獣のような姿だった。
「ΛΩ、ΣΔδζ!」と悪魔が吠えた。
麻里亜はからだからすべての骨がなくなったかのように脱力し、ベッドに倒れた。
悪魔が尖った乱杭歯を剝きだした。黄ばんだ目の中の赤目から一条の光を放射し、森義矢の裸体を照らしていた。光の点がレーザーポインターのように森義矢のからだを這っていた。
悪魔の眼光が純白の下着のふくらみと、くぼみを、舐めまわすように見た。
森義矢が聖水に手をのばした。悪魔が首をグルリと回し、剝きだしの背骨からのびる尾っぽでその小壜をはじき飛ばした。
「ΛΩ、ΣΔδζ」悪魔が言った。
森義矢は、ニヤリと笑うと悪魔の目を見据え、裸体の肢体をひき締めた。
悪魔の片手にはいまだ森義矢のカソックが鉤爪にぶら下がっていた。悪魔はもう片方の鉤爪を丸めるとその手のなかに放電しているかのように火花が飛ぶ紫黒の球体をあらわにした。
悪魔が身構えた。目が森義矢の丸腰の両手を見て嘲るような目――赤色で光る目には目蓋がなかったがわずかにその赤目玉が下方に動いた――になった。その目が一瞬一閃すると、悪魔は球体を森義矢に向かって投げつけた。
森義矢の右手が金色になった。煌く手をベッドに向けると、鋼鉄製の十字架が彼の掌に吸いつくように飛んできた。森義矢はそれを掴むと悪魔の放った紫黒の球体をはね返し、悪魔にぶつけた。
「Λ? ΛΩ!? ΣΔδζ!」
悪魔はじぶんで放った熱球に瞬時に焼かれだした。
森義矢は十字架を悪魔に向かって翳した。
「天にましますわれらが――」
森義矢の背後にある祭壇がガタガタと動きだした。祭壇の上の開いた本から五芒星が浮きあがり、そのなかから、目の前で焼かれているはずの悪魔と瓜ふたつの悪魔があらわれた。
この新参者は森義矢を羽交い絞めにすると、いきなり自身で燃えあがった。
「なっ!?」
森義矢は火達磨になった。紫炎が大きなひと塊になり、いまや森義矢のからだを包みこんで巨大なひとつの炎柱となっていた。
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