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♰64 宿命
「ちょっとぉ? なかに入れないんですけどぉ!」
シスター・アイリーンが地下室の出入り口に立て掛けてあるベッドをバンバンと叩きながら、その隙間からチョロチョロとのぞいていた。
「いいところにきたな」と、巨大ゴキブリもベッドの隙間から彼女をのぞきかえした。
シスター・アイリーンはキョトンとした顔になった。「……近すぎて、よく見えないんですけど?」
ゴキブリはおよそ二秒ほど静止したあと、カサカサと動いて反対側の壁に張りつきシスター・アイリーンにじぶんの姿の全貌をあきらかにした。
――油を滴らせたような翅を折りたたんでかさねた背中に、見ているだけで寒気がするような、うぶ毛のはえた六本の脚、胴体と同じくらい長いいやらしい二本の触角を揺らせ、そのなんとも言えない不愉快極まりない頭部を見せびらかした。
「ゴ、ゴガッ?」シスター・アイリーンはブタのような声をだした。「ゴキブリィー!?」彼女は絶叫した。
堀田老人は黒くテラテラした小ゴキブリの山の中から、ふるえる腕をのばしていた。「さ、榊……榊をくれぇ……」
シスター・アイリーンは、いちど尻もちをつくと、必死の形相で地下室の階段を這いあがっていった。彼女は腰砕けになっていてよろめきながらでいた。「ゴ、ゴキブリだけは、ダメッ、ダメよ!」彼女は真っ青になってとり乱していた。
シスター・アイリーンの目の前で一階の廊下に出る扉が閉じられた。彼女は扉の下部に小人のような連中大勢が扉を押しているのを見ていた。彼女の慄いた顔が暗闇に消えた。
シスター・アイリーンは手探りで扉を押したがビクともしなかった。彼女は狼狽しながらなんども扉を押しつづけた。
――カサッ。……カサ、カサ。
彼女はこの暗い空間になにかが蠢いている気配を感じとった。ガサゴソと不吉な音が耳にはいっていた。
そのうちに、彼女の耳元に不快な羽音がきこえてきた。彼女は不安からすでに手のひらをこすりだしていた。
しばしの間、その羽音は暗闇をさまよっていたが、突然に消失した。彼女は額に違和感を感じた。
……こ、これは、もしかして?
なにかが彼女の額から転げおちた。こんどは彼女の肩になにかが乗っかったのがわかった。
なにかがすこし動いた。
……ま、まさか? ひょ、ひょっとして……?
音がひとつ飛び、彼女の耳元に不快な翅の音をきかせた。おそらくはその音を発していただろう不吉な虫の存在が彼女の首筋に移動してきた。
ブゥーン――ピタッ。
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