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♰66 退魔
室内の床から大きな五芒星があらわれた。その印のなかから悪魔が浮かびあがってきた。
悪魔は満足気な顔――乱杭歯と黄色の牙が剝きだしの裂けた口ではうわ顎がすこし持ちあがっただけだった――になると、鉤爪にぶら下がっている森義矢のカソックを嫌悪感のこもった動作でふりほどいた。
悪魔は愉悦していた。いまや憎っくき神父が炎に焼かれているからだ。
「ΛΩ。ΣΔδζ」(もはや地獄の火炎から逃れるすべはない。とうとう神父・森義矢の肉体からやつの魂をこの手にするときがきたのだ)
そのとき、悪魔の腕に火の球がぶつかった。
「ΛΩ!? ΣΔδζ?」(むう!? なにごとだ?)
燃え盛る炎からつぎつぎと火球が飛び散っていた。それに、混ざって燃えているブラジャーとパンティーが悪魔を打ちつけた。
「ΛΩ!? ΣΔδζ?」(むう!? こ、これは?)
室内が燃えあがった。
弾くように飛び散る炎の中から一糸纏わぬ森義矢が姿をあらわした。
「いま、きさまらの強大なちからが消滅した」森義矢の目から涙がこぼれていた。「それには多大な犠牲がともなった」
『神父さま……わたし……しあわせでした』
森義矢は声を荒げずとも号泣していた。森義矢はシスター・アイリーンの最後の思念をきいていた。
『神父さま……さようなら』
「Λ、ΛΩ? ΣΔδζ?」(ま、まさか? ”邪黒の魔大王”を退けたのか?)
炎のなかで森義矢が下腹部を開脚した。そして黄金に光る指を自身の体内に挿入した。
「Λ、ΛΩ? ΣΔδζ?」(な、なんだ? いったいなにが起こっているのだ?)
悪魔の足元の五芒星が消え、室内の邪鬼が薄まっていった。
「ΛΩ! ΣΔδζ!?」(おまえ! いったいなにをしている!?)
森義矢が地獄の火炎の内部で両膝をかかえ、秘部をあらわにしている姿があった。そこから光り輝く液体がしぶきをあげて噴きだしていた。
「アッハン……ウフン」
森義矢のからだを燃やしていた火が消火した。
「ΛΩ!? ΣΔδζ?」(ば、ばかな!? 地獄の火炎を退けたのか?)
森義矢が瞼を閉じて身を反らし白金色の長い髪をかきあげた。
「聖なる水よ。邪悪な炎を退けることができるわ」
と、目を開き、憤怒のこもったハシバミ色の目で悪魔を睨みつけた。
悪魔は気迫に圧され、後ずさった。
「ΛΩ! ΣΔδζ!」(小癪な! われの姿を見て怖れ慄くがよい!)
悪魔は鉤爪の両腕を掲げると、その異形をさまざまな形に変化させた。躰じゅうに亡者の歪んだ顔を浮かびあがらせ、いまもインフェルノの苦しみに、煉獄で蠢く者たちの顔をその躰の表面に人面疽にしてあらわした。
――壮年の男、僧のような男、青年、なぜか木彫りの仏像の顔が、業深き者どもの苦悶の表情がうめいていた。
悪魔が咆哮した。その波動が空間を歪めて森義矢のからだに波動の圧力をあたえた。
「そのような異形を私にみせつけても無駄。きさまら悪魔の正体は精神の暗部に巣食う邪な気持ち。私は正しいこころをもってそれを退ける」
悪魔の咆哮波は、森義矢の髪をなびかせたていどだった。
森義矢は裸体の正面を晒すように両腕、両脚をのばし、自身を十字架のようにした。森義矢の豊かな乳房と品と立った乳首、くびれた腰に秘部を覆う金色の御櫛が眩しかった。
そして、森義矢のからだ全体が黄金色に光り輝いた。
床にあった鋼鉄製の十字架が瞬時に巨大化し、悪魔の背後にそそり立った。
十字架が悪魔を吸いつけ、拘束し、磔刑の姿にした。
森義矢は黄金の右手を翳した。
「主の御名において、立ち去れ」
森義矢が黄金の”ひかり”を放った。
「ΛΩ! Σ、ΣΔδζ!」(おのれぃ! も、森義矢めっ!)
「神よ! 私の祈りをきき、わが口の言葉に耳を傾けてください!」
森義矢が黄金の掌を握りしめた。
「祓い給え、清め給え!」
森義矢の右拳が悪魔の腹にくい込んだ。
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