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(四)
悠癒との約束をしてから、一週間ほどが過ぎた頃だった。
その後彼女とは、例の力に関する話題は特にすることもなかったが、奇妙な連帯感が生まれたためか、交流することが増えたように思う。
席が近いというものあるが、何でもない会話をすることが自然になった。
朝と帰りに挨拶は出来るようになったし、他愛ない会話を休み時間にしたりはする。
そんな様子は、友人である喜代隆と圭佑にしっかりと確認されていたようだ。
下校中、いつもの三人で並んで帰っている途中、喜代隆が絡んで来た。
「おい、ジーン。最近妙に大瀬良と仲良くないか?」
「……席が隣なだけだろ」
「いいや、奥手なお前だったら、隣の席の女子に、おはようさえ言えないのが自然だ」
ずばりと言った喜代隆に、じろりと睨むが、実際に彼の言葉は正しかっただろう。
あの日の出来事がなければ、今も悠癒と挨拶もまともに交わせていたのか分からない。
とは言え、悠癒のことはあまり多くを語りたくないので、仁之助は会話の内容を変えようと、逆に喜代隆に切り込むことにする。
「お前はどうなんだよ。『ミヨちゃん』だっけ?」
「ミナ、だよ。……実は今度、デートの約束取り付けた。そこで、俺は正式に告白をするつもりだ」
「へえ、マジなのか?」
喜代隆がそんなに恋愛に対して本気になっているとは思ってなかった。
鼻の穴を膨らませ、喜代隆は随分とやる気になっている様子だ。
前々から、彼女を作って楽しい高校生活を送りたいとは言ってたのだが、どこか冗談のように受け止めていた仁之助は、友人の緊張している様子を見て、彼がかなり本気の恋愛をしていると、今更ながらに分かった。
「いつだよ、デート」
「土曜日」
「今週末か。まぁ頑張れ」
圭佑がほとんど投げやりに応援すると、喜代隆ががばりと抱き着いてきて、縋り付いてきた。
「いや、もっとしっかり応援してくれよ! トモダチだろうが、俺たちゃ~よぉぉおぉ!?」
圭佑がめんどくさそうな顔をして、仁之助に振り向いた。
仁之助からすると、悠癒とのことを突っ込まれなくなったので、良かったものの、圭佑は心底面倒そうだった。
「応援ったってさあ、俺たち今まで彼女なんか作ったことないし。なぁジーン」
「そうだなあ、頑張れくらいしか言えんわ」
「薄情者め! 俺だって、今回が初めての彼女なんだよぉ! フラれたらどうしようって考えたら、どんどん焦ってきて困ってんだよー!」
「俺は、恋愛ゲームのことなら助言はできるが、リアルな恋愛に関しては手を貸せない」
圭佑ははっきりと言って、縋り付く喜代隆を引きはがす。
「ケーイは、姉貴がいただろ!? 色々そこから女の子の情報を聞き出してくれよ!」
「うえ、面倒……」
「ジーンは、大瀬良と仲良くやってんだろ! そこの秘訣を教えてくれ!」
「……結局そこに戻るのか……」
どうもこれは重症のようだ。宥めるためにも、それなりに喜代隆の話を聞いてやらなくてはならないだろう。
「なぁ、これからケーイの家で作戦会議しようぜ、いいよな?!」
「な、なんで俺んチだよぉ……」
「お前の姉貴が一番戦力になるからに決まってんだろ!」
圭佑は断りたそうにしていたが、結局喜代隆の勢いに負け、渋々と承諾した。
そういうことで、三人は圭佑の家にお邪魔することになった。
圭佑の家には、仁之助も何度か遊びに行ったことがある。大抵、ゲームをして過ごすだけなのだが、稀に圭佑の姉もそのゲームの中に交ざることはあった。
圭佑の姉は、一つ上で高校は別だ。
仁之助はそこまで深い仲ではないのだが、圭佑と喜代隆は小学校からの縁もあり、圭佑の姉ともそれなりに仲がいいらしい。
圭佑の家に着き、彼の自室で待っていると、嫌そうな顔をして、部屋に戻って来た圭佑と、面白そうな顔をしているその姉がやってきた。
圭佑の姉、遼子は小さなころから弟共々面倒を見てきた喜代隆が、告白をするということで、ニマニマとした笑みを浮かべている。
「キヨくんが告白すると言うので」
「面白がってるじゃねえか」
と、圭佑がげんなりと言う。
「そりゃそうだ。色恋話ほど面白いネタはない。上手く行ったら万々歳。失敗しても笑い飛ばす。それが恋愛だよ」
高校二年生の女子らしく、遼子はその手の話題が大好物らしい。日頃、学校でもそう言ったゴシップで盛り上がっているに違いないだろう。
「で、プランはどうなってるの?」
「え、映画に行くことになってる」
「いいね、無難だよ。映画なら、最悪会話が詰まることもない。同じものを見た話題が共通としてあるしね」
ふむ、と仁之助は他人事のような態度を取りながらも、遼子の話に耳を傾けていた。
聞いておいて損はないだろう。それを実践する相手が、誰かいるのかどうかは置いておいて。
それこそ、悠癒とそんなことになったら、と少し想像する。
自分でも、もう悠癒のことを気になっているのは誤魔化せなくなっていた。
「映画の後に告白する予定?」
「うん。でも、なんて言えばいいか、全然思いつかねえんだよ。女ってどう告白されたらOKする?」
必死な様子の喜代隆は形振り構っていないのか、素直に遼子に質問していた。
これだけ従順な態度の喜代隆を見るのは初めてだ。
彼が本当に、このデートで失敗をしたくないんだなと思った。
「えっとね、基本的に、女の子ってデートに応じた時点で、ほとんどオッケーな気持ちになってるもんだよ」
「そ、そうなのか?」
「どうでもいい奴と、時間の浪費したくないじゃん。一緒に居ても良いかなって思う程度には気持ちがあるから、デートにオッケーだしてるんだし」
「そ、そう言われると、そうか……」
「だから、そのデートでよっぽどヒドい所を見せない限りは、素直に気持ちを伝えればイけるよ」
親指を立てる遼子に、三人は沈黙した。
半信半疑なところがあったからだ。
「でもさ、キーヨの誘いがしつこすぎて、断り切れずにいやいやデートに来る可能性もあるよな?」
「う……っ」
圭佑の言葉に、仁之助もうんうんと頷いた。喜代隆はちょっとばかりそういうところがある男だ。
喜代隆も、それは自覚しているのか、言葉を詰まらせた。
「だったら、アタシの華麗な推理を訊きなさいよ。いい? キヨくんの相手の子って、別の学校の子なんでしょ?」
「あ、ああ」
「やり取りは、ライン?」
「うん……」
「だったら、ウザいと思ったら、ブロックされて消滅するだけだよ。学校でも会わないんだし」
「……!」
なるほど、筋は通る推理だ。日頃顔を合わせない相手に対し、面倒だと思えばブロックすればそれで済む。
これがリアルの生活に影響を及ぼす相手なら、色々としがらみが発生するので、適当にお茶を濁すこともあるかもしれない。
だが、そうしないのは、気が向いている可能性があるから、という遼子の話に、仁之助も納得した。
しかし、当の本人はまだ自信がないのか、俯いている。
「素直に、好きだから付き合っての一言で良いと思うよ、アタシは」
「……本音は?」
「ビビって手を出さないより、コクったほうが面白い」
やはり、遼子は楽しんでいるだけのようだ。
がくん、と肩を落とす喜代隆に、やれやれと遼子は溜息を吐いた。
「今のは冗談だよ。どうせ、ウチらに何言われたって、告白する気でしょうが、アンタ」
「……う、そ、それは」
「要するに背中を押してほしいんでしょ。昔っからいざという時は、女々しくなっちゃうんだから」
遼子は、喜代隆のことも実の弟みたいによく分かっているのか、そんなことを言って、べしん、と軽い平手打ちをしてやる。
「だったらさ、今アタシらの間で流行ってるおまじないを教えてやろうか?」
「おまじない?」
喜代隆は眉をひそめた。
仁之助も急に胡散臭いものが出て来たなと思ったが、気落ちしている喜代隆の一歩を踏み出すための願掛けみたいなものは、応援のひとつになるかもしれない。
「招き猫って知ってる?」
「招き猫って……、商売繁盛の、小判もってる猫?」
「そうそう。それがホントに居るんだって。黒猫で、その黒猫に願いを聞いてもらうと叶うって噂が流行ってんの」
仁之助は、思わず瞼を大きく開いた。
どこかで聞いたような話だと思った。悠癒のあの力に似ている。しかも、黒猫。
悠癒が消波ブロックの上で助けたという、黒猫の話が一瞬にして脳裏に蘇った。
「ど、どこにいるんだ、そんな猫?」
喜代隆ではなく、仁之助のほうが聞いていた。思いがけないことだったので、舌がもつれそうになった。
「なんか、漁港の近くらしいよ。昔は、漁船に穴をあけるネズミを追っ払うために、猫を大事にしてた習慣があったらしいんだけど、その中で『招き猫』伝説が広がったって噂」
その漁港と言うのは、仁之助の地元のことで間違いないだろう。
自分の暮らす地域の話なのに、仁之助はまるでそんな話を知らなかった。
これまで自分の外側に強い関心を示さずに暮らして来た弊害だろうか。
「……黒猫……? そういや、ジーン。お前、ツイッターで前に黒猫を探しているって言ってたよな。俺、RTしたけど」
喜代隆が奇妙だと言う顔を、仁之助に向けてきた。
「なに、もしかしてもう知ってた? 招き猫の噂」
きょとんした顔をする遼子と、圭佑。
まさか仁之助がそんなところに関心をもっていたなんて想像してなかったのだろう。
「そういや、ジーンの家って漁港が近くあったよな」
「もしかして、その招き猫って、お前の近所の話か?」
「……多分、そうかもしれない。あのツイッターのときも、そんな話を聞いて、暇つぶしにツイートしただけなんだけど……」
と、適当なウソを交えて話を合わせていく。
仁之助としても、その招き猫の噂は気になった。
本当に悠癒の不思議な力を与えたきっかけが、その猫だったとしたら、何かとんでもないものを知ることができるかもしれないと胸が躍る。
「で、黒猫はそれから見つかったのか?」
喜代隆が仁之助に訊ねた。見付けていたら、その恩恵にあやかりたいと目が言っていた。
残念ながら、猫は見付けていない。
しかし、幸運の女神なら見付けていたが。それを喜代隆に話すつもりは毛頭ない。
仁之助は無言の首を横に振る。
それを見て、がっくりとまた意気消沈する喜代隆。
「所詮、単なるうわさ話だろ。そんなのに頼る前に、自分の覚悟を決めろよ」
圭佑がばっさりと言った。ゲームマニアで、現実的な考えを持つ圭佑らしい言葉だ。
ある意味、男らしい肝が据わった言葉に、喜代隆が深く頷いた。
「そう……だな。ケーイの言う通りだ。結局俺の気持ちの強さを、はっきり見せつけるしかねえよな」
喜代隆は、徐々に調子を取り戻していく。結局は一番仲のいい、友人の言葉が彼の発破になるのだった。
最初から、うじうじしている自分に喝を入れてほしかったということだろう。
遼子はやれやれと肩を竦めて、その様子を見守っていた。
仁之助も、その場が纏まったことにとりあえず、笑顔を見せていた。
しかし、やはり黒猫の、『招き猫』の噂に関しては気になった。
そして、この話を今夜悠癒にしようと思った。
悠癒と話す口実を手に入れられたことが、仁之助は嬉しくて、帰りの電車の中で、『ゆゆゆ』のイラストを見ていた。
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