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1.今日もまたどこへ行く
「鍵谷、何でアメスピなの。」
キャンパスの屋外にあるちゃちな喫煙所で、神原は体育座りで前を向いたままぼそりと尋ねた。神原はメイク科、俺は写真科。同じ専門学校でも学科が違うのにこうして一緒にいるのは、さっきまで俺が、卒業制作のために神原に写真の被写体になってもらっていたからだ。
しかしこいつはどうやら、本当に愛想が悪い。というかマイペース過ぎる。ヒトに質問する時くらい、目を合わせたらどうなのか。入学式以来何度か喫煙所で見かけたが、本人が吸っているのは見たことが無い。それならタバコの銘柄なんて、興味も無いくせに。
でも、直接話すのは初めてに近い神原に対して、俺はいつもの癖で笑顔を作ったまま答えた。
「…一番、香りが好きだから。だし、セブンスターとかでイキってるみたいに思われるの、嫌じゃん?純粋にタバコ葉の香り好きなんだよ。」
「それ、他のやつらは皆かっこつけてタバコ吸ってる、って思ってんの?…お前、そういう感じか。」
「……どういう意味?」
「"自分以外はこういうやつ"、って線引いてる。俺から見たら誰とも変わんない。くだらない野郎の1人。」
愛想の良さでどうにかここまでやってきた俺にとって、そんなことをほぼ初対面で言われたのは初めてだった。俺は立ち上がり、凍りついた笑顔のままタバコを灰皿に押し付ける。思い切り呑み込んだ最後の煙を、ゆっくり吐きながら言った。
「お前だって、ヒトのことこうやって馬鹿にしてるじゃん。」
「馬鹿には……してない。…俺は、自分のこともくだらねぇと思ってるから。お前もそう、ってだけ。」
神原は無表情で、膝の上に顎を乗せている。喫煙所の床なんて汚いのになんで座るのか。黒いデニムのスキニーパンツとオーバーサイズのシャツが、神原の皮膚の白さをより際立たせる。上から見下ろした神原の首筋は、血管が青く透けて見えるほど綺麗だ。
俺に向けられたのかもよくわからないその言葉には、抑揚も、感情も無かった。こっちは売られた喧嘩を買うように言葉を押し付けてしまったのに、肩透かしだ。
なんだか気抜けして、俺は試しにこう尋ねた。
「……エレカシ好きなんか。」
チャリ、と銀のピアスの揺れる音がして、神原の目が俺に向けられた。切れ長の目を見開くと、目付きの悪い猫みたいだ。
さっきまでカメラのフィルタ越しに見ていた真っ直ぐな眼差しに直接射抜かれて、こっちがどぎまぎする。
すると、薄ら寒い曇天の下で、急に空気が弾けた。
「ふははっっ………だっせぇ!」
「えっ?」
俺が?
なに?なんで?
でも、この男はまた何で笑い出しているのか。全くついていけない。
「いや、今の状況、"くだらねぇ"し、2人とも"醒めたツラ"だなと思って。別にエレカシ好きじゃないけど、ぴったしじゃん。俺ら、……だせぇなぁ!」
神原は謎にツボったらしい。俺に向けて満面の"ニヤリ顔"を向けると、また膝の定位置に頭を戻した。俺が意図した通りのエレカシの名曲を、体育座りのまま小声で口ずさんでいる。
その時俺は、"多分、こいつのこと一生好きだな"と、感じた。
でもそれが、自分の人生の岐路になるなんて。
思う訳が、無かった。
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