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デートと恋
この冬の新作のファンデーションに、ちょっとシックなブラウンのアイシャドウ。控えめにアイラインを引いて、お気に入りのピンクのリップを塗れば完成。うん、可愛い。完璧。鏡を見つめて自画自賛してから、僕はアパートを飛び出した。早くいつものショップに行かないと、バーゲン戦争に負けちゃうから。パンプスをカタカタ鳴らしながら、スカートが暴れない速度で僕は目的地へと急いだ。
地下鉄を降りてショッピングモールにたどり着き、いざ出陣! って意気込んでいたら、不意に背後から声を掛けられた。
「あれ? ミキちゃん?」
僕は振り向いて声の主を確認した。そこには、行きつけのカフェの店長さんが……!
「あ、こんにちは……」
僕は意識してちょっと高めの声を出す。この格好の時に人と会話するのは苦手だ。店長さんはにこにこと笑顔を見せながら、僕の横に並んだ。
「お買い物?」
「あ、はい……」
「会うなんて偶然だね」
「はい……店長さんもお買い物ですか?」
「うん。ちょっとね」
「そうですか……それじゃ……」
またお会いしましょう、の意味を込めて僕は頭を下げた。しかし、店長さんは何だか楽しそうに微笑んで言う。
「せっかくだから、一緒に回らない?」
「……えっ!?」
「嫌?」
「い、嫌ではないですけど……」
「じゃあ、決まり! デートだね!」
「え、あ……」
こうして店長さんに出会ってしまった僕は、何故か一緒に買い物をすることになってしまったのだった。
***
「疲れた?」
「あ、いえ……」
「ワンピース買えて良かったね。狙ってたやつ?」
「そ、そうです……」
お互いの買い物を終えた僕たちは、ショッピングモール内のカフェに入った。ランチセットのトーストサンドの玉子が鮮やかで素敵。僕はカフェオレで、店長さんはブラックのコーヒーを選んで飲んでいる。いつもコーヒーを作淹れている店長さんが、それを飲んでいる光景は、何だか新鮮だった。思わずじっと見つめていると、店長さんと目が合った。
「うん?」
「あ……その……店長さんも他のカフェで食事するんだなって思って……」
「するよ。ライバルの味は把握しておかないとね。ここの店は初めて入ったけど、美味しいね。良いコーヒー豆を使ってる」
「そうですか……けど、僕は……」
「僕は?」
「店長さんのお店のやつの方が好きです……」
「ふふ。ありがとう」
僕はカフェオレをストローでひとくち飲んだ。そして気付く。
今、僕って言っちゃった……!
どうしよう! 油断しちゃったから……!
慌てて店長さんを見る。彼は顔色を変えずにコーヒーを飲んでいた。ば、バレてない……? けど、その期待はすぐに崩された。
「ミキちゃんってさ、やっぱり男の子?」
「な、えっと、や、やっぱりって!?」
「いや、女の子にしては可愛すぎるなって思ってたから」
「どんな理由!?」
「あ、それが素?」
僕は思わず両手で自分の口を塞いだ。女装している間は人見知りの性格を演じているから、素の自分を見せてしまったことがめちゃくちゃ恥ずかしい。
店長さんは目を細めて僕に言う。
「本名なんて言うの? ミキって偽名だよね?」
「……本名です。苗字が漢数字の三に、植物の木で三木」
「なるほど」
「ああ、もうやだ……」
「前にさ、一回だけ男の子の格好で店に来なかった? 先月だったかな」
「……行きました」
「ああ、やっぱり? 雰囲気が似てるなって思ってた」
そんな前からバレてたんだ。あれは大学が終わった夕方だった。お腹が空きすぎた僕は、家に帰るまで我慢が出来ず、初めて訪れる顔をしてカフェに行ったのだ。店長さんの作るカレー、めちゃくちゃ美味しいから。
どうしよう、消えちゃいたい。恥ずかしくて、僕、もう……。
「女の子の格好は趣味?」
「うーん……僕、可愛くなりたいって願望があって、それを満たすために休日は女装しちゃうんですよね」
「そうなんだ。良いね、凄く似合ってる」
「……引くでしょう? こんなことしてるって」
「どうして? 素敵だよ」
真っ直ぐに見つめられて素敵だなんて言われて、僕の心臓はせわしなく動く。お祖父さんの店を引き継いだという店長さんはまだ若く、ネットの口コミでも評判のイケメンだ。そんな人に褒められて、嬉しくないわけがない。
どきどきしている心臓を落ち着かせるために、僕はテーブルの上で手をグーにした。でも、店長さんがそれに不意に触れてきたことによって、僕の心臓は破裂するんじゃないかってくらい跳ねてしまう。
「ミキちゃんはさ、恋愛対象はどっちなの?」
「ど、どっちって?」
「女? 男?」
「わ、分かんないです。だって、彼女も彼氏もいたこと無いし」
女装を始めた頃から、このことでちょっと悩んでいた。けど、本当の自分をさらけ出すのが怖くって、結局どっちなのか分からないまま気が付けば女装に目覚めて二年が経っていた。恋人は欲しいなあ、とは思うけど……やっぱり自分を否定されるのが恐ろしい。そろそろ就職活動が始まるから、女装も封印しなきゃな……って最近は考えていた。
心の中で溜息を吐く僕をよそに、店長さんは少しだけ口角を上げた。
「じゃあさ、俺にチャンスあるかな?」
「はい? チャンス?」
店長さんは顔を僕の耳元にぐっと近づけて小声で言った。
「ミキちゃんの、恋人に立候補したいな」
「へっ!?」
「ふふ。考えておいてよ」
「ぼ、僕……」
「ごはん、冷めちゃうから早く食べよう? 食べ終わったら次は俺の買い物に付き合ってね?」
そう言って食事を始めた店長さんを、僕はぽかんとして見つめた。ああ、格好良いな……じゃ、なくって! その、えっと……店長さんは、ぼ、僕のことを好き……? 本当に? こんな女装男のことが? 信じられない。
また店長さんと目が合う。彼はいたずらにウインクした。
「あんまり見つめてると、キスしちゃうよ?」
「ば、馬鹿ですか!?」
「そうかもね」
くつくつと笑う店長さんから目をそらして、僕はお皿の上のトーストサンドにかぶりついた。うーん。やっぱり店長さんの作るやつの方が美味しいな。
まさか休日に店長さんに偶然出会って、こんな展開になるなんて……もしかして、これが運命とか言うやつ!? なんてことを思いながら黙々と食事を続けた。う、運命なら信じてみてもいいかなあ……。
食事を終えてカフェを出ると、店長さんが笑顔で手を差し出してきた。戸惑いながら僕はそれを取る。柔らかく手を繋いで、僕たちは歩き出した。めちゃくちゃ緊張する。けど……嬉しい。本当の自分を認めてもらえたみたいで、幸せだ。
僕は人の波を避けるふりをして、少しだけ店長さんとの距離を詰めた。どきどきする。こんな気持ち、初めてだ。まだ恋に関しては右も左も分からないけど、店長さんなら優しく教えてくれるかな。
僕は店長さんのぬくもりを右手に感じながらこっそり微笑む。
僕のデートも恋も、まだまだ始まったばかりだ。
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