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「しんぶんのおにいしゃーん。」
カーテンから現れると、両方の手を後ろに隠しながらニコニコ笑って走ってきた。
「はーい。おてがみでーす。」
可愛いピンクのハート柄の便せんを渡された。
不意打ちに驚いた。
いつも夕刊を渡していたが、今日は渡される側だ。
「ありがとう。今、読んでもいい?」
「いいよー。」
嬉しそうに笑うと、そこらをスキップで跳ねだした。
幼児らしい、つたない字で、
『しんぶんの やさしい おにいさん いつも ありがとう。』
と、書かれていた。
おかあさんに習って一生懸命書いている姿が目に浮かぶ。
読み上げると、恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうにもっと大きく踊るように跳ねていた。
嬉しさと、心苦しさが同時に一気に押し寄せる。
とても辞める事は言えない。
「すっごくうれしい。大切にするね。」
と伝え、はい、といつものように夕刊を渡した。
「ごくろうしゃまでーーーーーす!」
満面の笑みで受け取ると、ちぎれんばかりに大きく手を振った。
この夢のような時の終わりが近づいていた。
この宝物の日々を瞼に、脳裏に焼き付けよう。
何も知らない無邪気な笑顔で毎日僕を見送ってくれた。
いつしか夕刊を持ったまま角まで出てきて、通りを次に曲がるまで手を振って見送ってくれるようになっていた。
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