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とうとう。最終日。
かのんちゃんは、もう現れないかもしれないな、と思った。
ギィー。
だが、自転車の音を聞きつけカーテンの向こうからかのんちゃんは現れた。
いつものように駆け寄り、いじらしく懸命に笑顔を作っていた。
「しんぶんのおにいしゃん。」
震える小さな声だった。
「はい。夕刊です。」
僕は努めていつものように手渡した。けれど、僕の声も少し、かすれてしまった。
燃えるような夕陽に、ビー玉のブラウンの瞳が揺れていた。
今にも溢れ出しそうな涙を、決して零れ落ちないように唇をきっと結び、堪えているようだった。
一面真っ赤に染まった夕焼けに、頬も真っ赤に染まっていた。
「いままで、ありがとう。ごくろうしゃまでした。」
間違わずに上手に言えたけれど、もう、堪えるので精いっぱいのようだった。
それでもまた、思い出したように潤んだ瞳で笑顔を作って見せた。
「ばいばーい。」
角に来たが、今日は追いかけては来なかった。
その場から離れる事ができず、手だけ大きく振っていた。
夕陽にキラキラ光るビー玉の瞳で。
見えなくなるまで僕を見つめていた。
僕も大きく手を振り返した。
ギィー。
哀しい悲鳴が響き渡った。
断腸の思いというのはこういう事なんだ。
僕はどれだけあの子に与えられてきたのだろう。
涙を流しているのは僕の方だった。
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