セカンドキス

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 大人になり、それなりの仕事に就いた今でもこんな恋愛を繰り返している。 「俺を好きで離したくないって泣いてくれる男は居ないもんかね」 行きつけのバーでマスターにそんなことを愚痴ってしまうくらいには時臣は愛に飢えていた。 「いいですよね、そんな人、私も出会いたいです」 年の頃は四十前後といったところだろうか、相変わらずいい声で応えてくれる。 「人の気持ちほど、儚く移り気なものはないですけど、それでもやっぱり求めてしまいますね」 この風貌がいけないのかと思ったこともある。内面には似つかない派手な外見。 複数空いたピアスは自己主張そのものだった若気の至り。髪は生まれつきの明るい栗色。顔付きは大嫌いな母親そっくりな奥二重に切れ長の目。 若い頃はこの外見に苦労した。遊んでいる風に見えるのか落ち着きのない奴ばかりが擦り寄ってくる。 付き合ってみれば重い性格に呆れて離れていく。それの繰り返しだった。 ゲームをするより本を読むのが好き。外で遊ぶよりインドア派。そのギャップが面白くないといった奴もいた。 「そうだ、若宮さん、これ良かったら行ってみられません?お付き合いで置いてるんですが、結構良かったですよ」 マスターから差し出されたチケット。それは「斎藤 優 絵画展」と書かれてある個展の催しを知らせるものだった。 「ちょっといい感じのカフェなんですけど、一角で個展されてるんですよ。この人の絵なんですけどね……」 そう言ってグラスの横に立ててあるフォトスタンドを目の前に置いた。 「風景画が多いんですけど、その中に少しだけど人物画があるんです。それがまたいい絵なんですよね」 チケットの表に描かれてある絵は海を見つめる少年の絵。水彩画だろうか、淡い色がなんとも寂しげで食い入るように魅入ってしまった。 この少年にいつかの自分と重ねて見てしまう自分がいた。空っぽな自分。何かを思い悩み、どうすればいいのかわからない空虚感にただひたすら海を見つめたことがある。押しては引いていく波は必ず返ってくる。それは駆け引きのようにも感じた。 「ありがとう、明日行ってみるよ」 チケットを財布に仕舞い、カクテルを飲み干し店を後にした。 部屋に帰ってももう恋人は居ない。元々転がり込んできた奴だった。根無し草のような彼はいつも誰かの残り香を付け帰ってきていた。 もう会うこともないだろう。彼は自分を満たしてくれる人ではなかったのだと残念には思うが、悲しみに耽ることはなかった。
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