セカンドキス

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「そんな風に言っていただけるなんて光栄です。貴方の癒しになれば嬉しいです」 この店のフロアは広く席はほぼ埋まっている。なのにここだけは異空間で二人だけでいるような感覚にさせてくれる。 日差しのせいか初夏の香りが鼻をくすぐり爽やかな風が吹いている気さえする。不思議な雰囲気を持っている人だ。 「ここに飾ってあるのはほんの一部なんですよ。良かったらアトリエに見に来られませんか?そこなら珈琲は無料で飲んでいただけます」 その言葉がなんだかおかしくて時臣はクスリと笑った。 「アトリエにお邪魔しても良いですか?もっと見てみたいです」 彼はテーブルからメモを取り出し、名刺と一緒に地図を渡してくれた。 「個展は今日までなので、普段はここにいます。良かったらいつでも覗いて下さい。お待ちしています」 そう言って絵を買い求める客の対応に戻っていく。その姿を目で追いながら海を見つめる少年の絵と気に入った作品を手に取り、彼の元に足を向けた。 平日は仕事で忙しく過ごしている。ファッションビルの最上階。企画会議が行われているというのに、時臣は手帳に挟んで持ち歩いている少年の絵を眺めていた。 自宅でもフォトスタンドの中で少年は海を見ている。そしていつも持ち歩く手帳の中にも。 その絵に癒され暖かい色使いに心が満たされるような感覚が好きだった。何も語らない彼が見つめる海。そこには何が見えているのだろうと想像を掻き立てる。少年の見ている風景が毎日違った残像を写してくれるようだった。 その絵に夢中になり人肌恋しく街を彷徨ったりしなくなった。たかがポストカード一枚にカラカラに渇いた時臣に充分過ぎるくらいの癒しを与えてくれる。 それともう一つ。今週末に彼に会いに行こうと決めていたからだ。 あれから何度も予定を聞こうとスマホを手に取っては聞くことができないでいた。 あの声が聞きたい、聞いてしまえばそばで彼と同じ空間にいたいとさえ思ってしまう。 絵に焦がれ、いつしか時臣の中でこの絵を描く彼の存在が大きくなっていた。
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