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邪な気持ちではない。ただその彼の作り出す空間にいたい。このポストカード一枚でこんなにも癒されるのであれば、彼のアトリエにいくとどうなるのか。ワクワクと心は跳ね、それと同じくらいに戸惑いも湧き上がる。
意を決し、名刺に書かれてある電話番号に電話を掛けた。まもなくしてあの優しく耳障りの良い声が鼓膜をくすぐった。
「いつでもいますよ。お待ちしています」
そう届いた声に、心が満たされた。求めることをやめた自分が彼を求めている。いや、彼の絵だろうか……それさえわからない程、どうしてももう一度彼に会いたかった。
眠れず何度も寝返りを打つ。まるで、遠足前の子供のようにワクワクとドキドキ跳ねる胸に意識は昂ぶっている。
彼に会えるーーー彼の描いた絵に触れることができる。
頭の中ではお気に入りのジャケットを羽織った自分が彼のそばであの優しい声を聞き入り微笑んでいる姿が浮かぶ。
もう眠ることをやめた時臣は、ベッドからすり抜けリビングへと足を向けた。
少しでも早く彼の元に行きたいと気持ちが急ぐ。もう居心地のいい自分の部屋でさえ、早く出て彼の元に行きたかった。お気に入りのジャケットを羽織り身支度を整える。
電車で行けば三駅先にある彼のアトリエ。一歩部屋から出れば彼に近づいたようで心が踊っていた。
その足取りは軽く、運動がてらだと自分に言い訳をしながらマンションを後にして、歩き始める。歩けば一時間はかかるだろう、それでも彼の元に近づくならと足を早めていた。
アトリエには迷わず来れた。閑静な住宅街にある真っ白な少し古い洋館のような家。札が掛かっている扉が彼のアトリエだろう。その前に立ち暫くドアを開けるのを躊躇っていた。
ここまで来る間、彼のことばかり考えていた為、激しい動悸と微かに手が震えている。これは一体なんだろうと戸惑っていた。
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