セカンドキス

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 来た道を帰る時臣は、満たされた気持ちで足取りは更に踊り出しそうなくらい軽かった。   その夜はオレンジ色の少年の夢を見た。遠くを見つめる先の光景が見てみたかったのだろうか。その少年のそばに立ち一面に広がる荒野をずっと見つめていた。   その少年は幼さが残る斎藤だった。優しく微笑み静かにそばにいてくれる。 それだけで満たされた気持ちになった。 空虚な心が満たされる。何も求められない自分をただ側にいてくれるだけで満たしてくれた。 時臣は毎週、斎藤のアトリエに足を運んだ。  幾日もアトリエに足を運ぶ。斎藤に会えると思うと嬉しくて足取りは軽い。お気に入りのパンを差し入れに持ち、二人で朝食をとるようになった。昼食は斎藤が色々なパスタを作ってくれてテラスで二人で食べる。 時臣は斎藤の画集に酔いしれながら薔薇の香りに癒され、斎藤は向かいの椅子に座り何度も花を見つめてはペンを走らせていた。  二人で花の手入れをし、アトリエの模様替えを手伝ったり、個展の手伝いもした。休日の充実が仕事にも影響していく。楽しみがあるということが時臣の毎日の生活を潤わせていた。 本当は斎藤ともっと一緒にいたい。だが自分がいることで創作に支障が出てはいけないとそう思うのは口実で、求めてしまえばまた同じことを繰り返しそうで怯える心は閉ざしている。 斎藤に惹かれ想いを寄せる自分を自覚している。そばに居過ぎるとこの関係が壊れてしまうかもしれないと恐怖が襲う。もう失いたくない斎藤だけは失いたくないと、心に秘めた想いはひた隠しにしていた。 同性を好きになる自分を知れば斎藤は離れていってしまうだろう。友人としてこのままずっとそばにいたい。壊れる関係にはなりたくない。 引きずる斎藤の右足は義足だ。彼の心を空っぽにした出来事からあの癒される空間を作るのにどれくらいかかったんだろうと心が痛んだ。支えてあげたいなどとは思ってはいない。だが、そばで彼を思って生きていけるなら幸せだと斎藤の笑顔を思い出し心は満たされていた。
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