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第4話「気が変わって、旅行準備」
「おい」
「へ?」
思わず真上を見上げると、ソファからこちらに来たルーちゃんが私を覗き込んでいた。そして
「気が変わった。行くぞ」
「え?」
気が変わった?
首を傾げるとルーちゃんは再度、同じ言葉を告げた。
「行くぞ」
「行く?行くって……」
あ、もしかして夜のお散歩の事だろうか。
今日は帰りにいつものお散歩してないし。
「……分かりました。じゃあ、お散歩の準備しますね」
一瞬ルージア行きの事かと期待したが、その考えはすぐに打ち消した。
ルーちゃんは自分の意見を余り曲げない。
曲げる時はそれが私の為になると分かっている時だけ。
彼にしてみれば私は虚弱体質らしいので、遠出などとんでもない。ましてや住み慣れた家から出るなど、どんな危険がある事か。と思っているのも分かる。
頑なに拒否しているのは自分が嫌だというのもあるだろうが、きっとそんな理由からだ。
ルーちゃんは優しいから。
私が少しでも「危ない」と思ったら激しく拒否する。だから、今「行く」と言ったのはお散歩の事だろうという結論に至った。
しょんぼりしつつも立ち上がろうとすると、意外な事に彼は「あ?」と怪訝そうに眉を顰め
「何寝ボケてやがる。起きたまま寝てんのか?器用な奴だな」
「は、はい?!」
速攻でトンチンカン認定された。
何故。
見上げると彼は不機嫌そうに小さく鼻を鳴らしながら
「行くっつったら、ルージアに決まってんだろ。このボケ」
「……な、なんですと!!?」
ルージアに!!?
ガッタンと椅子を鳴らすとルーちゃんはいつも通り俺様に命令してくる。
「分かったら準備しろ。朝には出るぞ」
「な、なんで!?どうして急に!?」
さっきまであんなに嫌がってたのに!?
いきなり掌返すって、どゆこと!?
尋ねると彼は、面倒臭そうに欠伸をしながらベッドの方へと移動しつつ
「だから、気が変わった」
「だから、何で!?」
「チッ……一々うるせえヤツだな。何でもいいだろ。これ以上うざったくするってんなら、行くのやめるぞ」
「!……わ、わーい、じゃあ旅行の準備しますねー」
舌打ちされたけど気にしない。
ここで再度気を変えられたら堪ったものじゃないので!
何でルーちゃんが急に行く気になったのか気になるけれど、今はルージア行きが確定したので急いで準備しないと。
「ルーちゃん、ちゃんとお家の枕、持って行きますからね!」
「あ?ああ」
「いつも使ってるタオルケットもちゃんと入れますから!」
「ああ」
「それからお気に入りのシャンプーハットも!」
「……ああ」
「それから、それから!」
慌ただしくあれこれと引っ張り出し、ベッドの上に広げては彼に見せ、トランクに詰める。を繰り返しているとルーちゃんはベッドの上でゴロゴロしながら呆れた様に一言言った。
「ソラ」
「何ですか?」
「俺のはテキトーでいいから、お前、自分の準備ちゃんとやれ」
「え、でも……」
「いいから。後であれがねえ、これがねえ、はめんどくせえ」
「あ、はーい」
なんと。
まるでお父さん……いや、お母さんの様な発言である。
「ルーちゃんって……やっぱり、ママドラ体質……?」
「アホなこと言ってんじゃねえ」
べシッ
「あいたっ!?」
ぼそりとした呟きを律儀に拾われ、尻尾が飛んできた。
軽く頭を叩かれる。
「うぅ…いたぁい……」
「やかましい。いいからさっさと準備。……噛むぞ」
「!!……はい、可及的速やかに準備します!」
叱られた私はいそいそと準備を再開した。
とにかく、これでルージアに行ける。
ルージアかぁ……
準備をしながら少しだけ気持ちがときめく。
何しろ、ルーちゃんとの初めての旅行である。
「ふふっ……」
気分はちょっとした新婚旅行の気分ですよね!
ルーちゃんと新婚旅行……
ルーちゃんと新婚旅行
新婚旅行、かぁ……
って……私、何考えてんですかねっ!?
「ふわぅっ!?」
自分の考えに真っ赤になるとルーちゃんは「うるせえぞ、奇声あげんな」とは言ったものの、ベッドに丸くなって手にした雑誌に目を落としていた。
「ん?ルーちゃん、何読んでるの?」
「うるせえ、いいから準備しろって」
「あ、はい、そうですね!」
そうだ、準備しないと。
ひと月の滞在だから着替えとかは数日分だけ詰めて後は送って貰おう。
嬉々として荷物をトランクに詰め込む。
「あ、そうだ」
これも忘れずに!
私はデスクの鍵の掛かった引き出しから両手に乗る程の小箱を取り出すと丁寧にトランクへ入れた。
「よし!」
これだけあれば大丈夫。
大きなトランク一杯に荷物を詰め込むと、私は満足し大きく頷いた。
それからまったりとお風呂に入り一息。
だがそこで私は、はたとある事に気付く。
「あ、そうだ!明日来て行くお洋服も準備しないと!」
「うっかりボケ。だからちゃんと準備しろっつったろ」
弾かれた様に顔をあげると即座に突っ込まれた。
「だ、だって!持って行くもの多くて……!」
「言い訳すんな。ったく、本の内容は一言一句、それどころか文字配列やら書体やら、どうでもいい事まで覚えてるってのに、さっき俺が言った事は覚えてねえのか?なあ、お前の頭、どうなってんだ?」
コツコツと人差し指の関節で頭をノックされた。
「うう、ごめんなさい」
確かにこれはうっかりです。
はしゃぎ過ぎて朝の準備を忘れてました。
でも偶には許して欲しい。
こんな事、滅多にないのだから。
私はルーちゃんから離れるとメアリーは呼ばず(もう下がって貰ったので、起こすの可哀想だし)、自分でクローゼットを開けて数着のワンピースを取り出した。
よし、ここは気を取り直して!
「ルーちゃんルーちゃん、ねえ、明日のお洋服、どれがいいと思う?」
こうなったらルーちゃんにも聞いちゃおう。
巻き込んでしまえばこれ以上は怒られない。となんとも子供じみた考えの元、彼に明日のお洋服を選んで貰うことにした。すると
「あ?あー……それ。今右手に持ってる白いヤツ」
ベッドで寝転がっていた彼が軽く身を起こす。
少し面倒くさそうにではあるが一通りお洋服を眺めると、そう言ってスッと私が右手に持った白いワンピースを指差した。
「これ?」
「ああ」
ルーちゃんが選んだのはオフショルダーの清楚でシンプルなデザインのもの。
今年のお出かけ用にと新調したばかりのもので、最初に見た時は「肩全開とか、セクシーすぎやしませんか!?」と思ったけれど
「似合います?」
「ああ」
そうかな、少しあれな気も……いや、でもこうして胸に当ててみるとそうでもない気もしてきた。
最近、私、地味に露出増えてるし。
制服のスカートにスリット入れてみたら、これがまた意外と歩きやすくて愛用してたから露出に対する耐性がついたのかも。
今迄みたいなタイトスカートだと動きが制限されて窮屈に感じるし……きっとコロコロ転んでいたのはその所為に違いない。
それに颯爽とヒールを鳴らして歩くって意外と気持ち良くて。
なんかデキる女になった気分で。
落ちこぼれですけど。
……って違う、そうじゃなくて!
卑屈はやめるって叔父様の前で決めたばかりなのに、私ったらやっぱりルーちゃんの言う通りトリです。
気を付けないと。
軽く首を振ると彼は少し怪訝そうに眉を寄せたものの、眠いのか欠伸を噛み殺しながら
「新しいヤツだろ、それ。折角だから1回くらいちゃんと着とけ」
「ん?ルーちゃん、私のお洋服のレパートリー知ってましたっけ?」
「知らねえよ。ただ、メアリーが色々運んでたしな。それも箱から出してんの見た」
「あ、そういう事。ね、ルーちゃん、こういうの好き?」
「あ?あー……まあ、嫌いじゃねえ」
「なら、これにします!!」
ルーちゃんが好きならそれが一番。
ルーちゃんの嫌いじゃねえ、は好きと一緒。
少し分かりにくいかも知れないけれど、私はちゃんと知っている。
だからこれに決める事にした。
それに正直な所、新調したものでないと少し不安があったりもする。
何か今迄着てたお気に入りのお洋服、サイズが合わなくなってきちゃってて。
色々キツイって言うか。
「はっ!?」
もしかして、私……少し、太った……?
確かに最近、前より良く食べる様になったし。けど、毎日ルーちゃんとお散歩もしてたのに、何故。あ、でも事件が終わって暫くは部屋でドラゴンルーちゃんとゴロゴロしてたし……あれ、でもお洋服キツくなったの、その前からだった気も?
「…………」
「ん?どうした?」
「い、いえ、なんでもありません!」
うん、やめよう。
折角の旅行(お仕事込み)なんだもの。
ここは何も考えず、楽しい事だけ考えよう。
うっかりダダ漏れにするとルーちゃんの悪意ない一言(例えばそう、彼なら遠慮なく「確かに丸っこくなったな、いい事だ」と言うに違いない)で、心に深刻なダメージを負いそうなので、ここはしっかり精神遮蔽。
学習、大事。
「さあ、これで準備は完璧です!」
「ならさっさと寝るぞ。時間になっても寝てやがったら行くのやめるからな」
「そ、それは困ります!!」
わたわたと慌てて寝巻きに着替え、ベッドにあがる。すると彼はいつもと変わらぬ様子で私を抱き寄せた。
広い胸に抱き寄せられるとホッとして、先程までの興奮が静かに凪いでいく。
ひんやりとした彼の体温が心地好い。
「ルーちゃん」
「あ?」
「おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ」
甘える様に擦り寄るとそっと髪を撫でられた。
楽しみだなぁ……
梳くように髪を滑る指先の優しさに眠気を誘われ、私はとろとろと眠りについた。
愛しい人に守られている事に安心し、幸せな気持ちに包まれながら。
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