癒やされる心

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◇◆◇  優樹とゲームをして、遠慮なく感謝して褒めて優樹を照れさせるのが夜々斗にとっては心の底から楽しいことだった。 「もう一戦やる?」  テーブルに突っ伏したまま顔を上げない優樹に聞くと、「無理」と返ってくる。  脚色もなく思っていることを伝えるだけで照れてしまう優樹を可愛いと思う。  アッシュブラウンに染められた髪の感触を楽しみながら、自然と口元が綻ぶ。 「だよね、冗談だよ」  優樹の家でするこのゲームは、加減をせずにそのまま言葉を伝えることができるから、夜々斗のお気に入りだ。  それに優樹をより照れさせれば、こうして堂々と頭を撫でて髪を触っていることができる。  過ぎた時間もこれから消化する時間も気にせず、ただ今を楽しむことができる瞬間がある。  これぞ、夏休みというものだろう。  この時間の中ではあの家での兄とのことは何も考える必要がない。思い出す必要がないし、思い出してもいいこともなければ、思い出したいとも思わない。  だから只管(ひたすら)に目の前の優樹のことだけ考えていればいい。  それを許してくれて、受け入れてくれるのが優樹という人だ。  学園でも、どこにいるときでも、寄り添っていてくれる。 「優樹と遊ぶのはやっぱり楽しいよ」 「おー、それはよかった」 「うん、ありがとう」  夜々斗の感謝の言葉に込められた意味に気付いたのか、はたまた別の理由か、優樹はまだ赤面している顔を隠さず上げて夜々斗と目を合わせた。真剣な瞳とぶつかって、心臓が跳ねた、気がした。 「俺も嬉しいよ。来てくれてありがとう、夜」  その言葉に、気恥ずかしさを覚えて、ほんの少し顔が熱く感じた。  夜々斗は厄介な兄をもっていて、ひどく辛く思っていたことがある日突然辛くなくなるような人間である。  普通という言葉が何を指すのかは人によるものだろうが、どう考えても普通ではないことが夜々斗にはある。  それを正しく理解していながら、それでも優樹はそんなものは微塵も関係なく、ただ夜々斗がいるだけで嬉しいのだと、そう言っているように聞こえる。 「優しい、なあ、優樹は」 「優しいのは夜だろ? もっと自分を甘やかそうな?」  自分を甘やかせと優樹はよく言うが、夜々斗がそうする必要を感じないほど、優しい優樹がどこまでも甘やかしてくれる。 「優樹が甘やかしてくれるから大丈夫」 「またそれかー」  優しい人は自分が優しいとは認めないものなのかもしれない。  それでも夜々斗は優樹が優しいことを知っている。  そして優樹は夜々斗が優しいことを知っている。  それだけで十分なのかもしれない。だって、こんなに楽しいのだから。  無意識に兄の影から逃れようとしていた夜々斗も、そんな夜々斗の意識を今に向けようと努めていた優樹も、気づけば純粋に楽しんで話すことができていた。 ◆◇◆
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