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12時頃になって、夜々斗と優樹を乗せた佐良家の車は目的地である海沿いの水族館に到着した。
駐車場に行かず、ゲート前に直接停まった1台の高級車に視線が集まった。
後部座席のドアが開いてまず降りたのは優樹。
続いて夜々斗が優樹に手を取られて降り立った。
爽やかな美青年が清楚な美人を優しくエスコートしているかのような、美しい光景に周囲の人々は息を飲んで2人を目で追った。
「チケット、何もらえるかなぁ」
「カワウソだといいな」
「うん、フウセンウオだったら優樹にあげるね」
「さんきゅ」
自分たちに集まる視線を気にもかけず夜々斗と優樹は入場チケットにプリントされる写真の生き物を気にしていた。
普段の学園生活の中でさえ注目を浴びているのが常である2人からすれば特別な状況ではなかったのである。
その堂々とした振る舞いにモデルか歌手か何かかもしれないと記憶やネットを漁るがその正体が分からないと周囲がざわついているうちに、2人はチケット売り場の列に並んでいる。
前に並んでいた人たちが順番を譲ろうとすると夜々斗が微笑んで断った。
「僕たちが後から来たんですから大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。すみません」
「いいえ、そのお気持ちが嬉しいです。ありがとうございます」
「あ、いえ、はいっ」
直接夜々斗の笑みを向けられた、すぐ前に並んでいた男性が照れたように言動が忙しなくなっているのを見て、優樹は心の中でため息をついた。
「どうしたの、優樹」
「なんでもない。優しいのは夜のいいところだ」
誰にでも分け隔てなく優しい夜々斗が、誰にでも綺麗な笑顔を向けるのはいつものことだ。
それで夜々斗へ恋慕する人が増えてしまうとしても、憂いなく笑っていてくれるなら構わないと思ってしまうのが、惚れてしまった優樹の弱みだった。
「優樹の方が優しいと思う」
「そんなことないさ」
「うーん、素直じゃない」
夜々斗は自分よりも優樹の方が優しいと言うが、優樹には夜々斗の方がずっと優しいと思える。
夜々斗が誰かに向ける優しさよりも、優樹が夜々斗に向ける優しさは深いかもしれない。けれど優樹のそれは夜々斗ひとりだけに限定されたもので、その他の人に優しいと評されることは稀である。
その点、夜々斗は誰にも優しい。だからこその天使なのである。
そうこうしているうちに列は進み、チケット売り場で2人分のチケットを買う。渡されたのはミズダコとフウセンウオの2枚だった。
「フウセンちゃんもらえたね」
フウセンウオの写真がプリントされたチケットを優樹に渡した夜々斗はそれは嬉しそうに、チケットを渡してくれた女性のスタッフにお礼を言ってから入り口へ向かう。
優樹がちらっと振り返ると、案の定女性スタッフは両頬を抑えて深呼吸しているようだった。あまりの可愛さに優樹でさえ一瞬息が詰まってしまったのだから、無理もない。
────ご機嫌だなあ。しっかりガードしないと。
周囲まで煌めいて見えるほど楽しんでいる夜々斗の邪魔はしないように、余計なちょっかいを出そうとする虫が寄ってきたら全て叩き返そうと優樹は密かに決心を深くした。
「カワウソはなくて残念だったな」
「うん、でもまた冬休みにも来ればもらえるかもしれない」
「そっか、それもそうだな」
「また来ようね」
「そうだな」
恐らくカワウソのチケットをもらったのであろう大学生ほどの青年がちらちらと声をかけるタイミングをうかがっているのを横目に、優樹は夜々斗を誘導して入り口に急いだ。
見たところただの善意のように思えるが、今日の夜々斗は機嫌がとてもいい。カワウソとミズダコを交換してくれるなどと言われたら、また眩しいばかりの笑顔を浮かべるだろう。そこで思わず恋に落ちたりしてもおかしくない。
夜々斗がカワウソでなかったことに落ち込んでいるならともかく、さして気にしていないのだから彼に声をかけさせる必要はない、と判断した。
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