癒やされる心

12/21
前へ
/64ページ
次へ
 水族館の中に併設されたレストランで昼食をとり、レストランの出口の近くからルートに沿って水槽を巡っていった。  そうしてしばらく、優樹がお手洗いに行きたいと言うので夜々斗は近くの水槽を泳ぐ魚を眺めて待っていた。 ────カシャ  すぐ近くの右隣から魚を撮影しているらしい音が聞こえてきて、邪魔にならないよう少し左にずれた、はずなのに。 ────カシャシャシャシャ  またすぐ近くで、シャッターを連続で切る音が聞こえてくる。  不思議に思って右を向くと、夜々斗にスマートホンのカメラを向けた男がにこにこと立っていた。  青いシャツを着た、父親と同年代に見えるその男に見覚えはない。 「こんにちはぁ」 「写真、撮らないでください」  すっと表情を潜めて喋る夜々斗をまた連写して、不気味なほどにこやかな男は悪びれもなく口を開いた。 「えぇー、それはないよ。君を撮るために急いで来たんだよぉ、よるクン」 「あなた、誰ですか」 「えぇえー、酷いなぁ。前にもここで会ったじゃないか。  ね、思い出してよぉ、よるクン」 「知りません、さようなら」  名乗ったこともないはずなのに名を呼んでくる男には不気味さしか感じられなかった。まともに取り合わない方がいいと判断した夜々斗が、優樹のいるお手洗いに向かおうとした瞬間、右腕を掴まれてしまった。 「離してください」 「なんで逃げようとするんだよぉ。酷いよ」 「──っ!?」  夜々斗の右手に男のカサついた左手が合わされ、そのまま指が夜々斗の指と指の間に入り込んだ。逃れたいのに力が強すぎて叶わない。  指を揉むように動き続ける男の手から熱が移ってくる。  ぞわぞわとした嫌悪感が右手から全身にかけ巡った。 「はぁ、よるクンのおてて、可愛いねぇ」 「離して……。ゅ、うき、優樹っ!」 「ね、こっからウチ近いんだぁ。これから一緒に行か──ぃたっ」  男の言葉が急に途切れると同時に右手が開放され、助けを求めて呼んだ優樹の匂いがふわっと香った。 「優樹……」 「夜、大丈夫? 何された?」  目の前に眉を八の字にした優樹の顔が見える。  優樹の心配する声が聞こえて、その手の温もりが肩に触れて、安堵に震える声が出た。 「写真、撮られて、手、触られた」 「わかった、教えてくれてありがとう」  ぽんぽん、と肩を優しく叩くと優樹は何か喚いている男に向き合った。 「返せよっ! 私のスマホだ! 窃盗だ! よるクンも返せっ!!」 「お前、去年俺たちの後をこそこそつけてきたやつだろ」 「ぐっ……、違う、私はよるクンをお前から開放するために見守ってたんだ!」 「お前みたいなのはストーカーって言うんだよ、警察に通報だな」 「はっ? いや、待て待て待てっ! そんな警察に捕まるようなこと私はしていない!」 「それなら警察にそう言え。この中の写真がそう簡単に言い逃れさせてはくれないと思うけどな」 「なっ、おまえっ、……くそっ!  消せばいいんだろ! 全部消す! そしたら何も問題ないだろう!」 「俺が消す。ロック開けるパスワードを言え」 「……くそっ」  夜々斗には優樹がいつの間に男のスマホを取ったのかわからなかったし、去年もいたらしいこの男の顔を覚えていることには驚いた。  同じ男で、同い年なのに、夜々斗よりもずっと強くて毅然としていて、自分と全く違うと感じた。これは所謂、格好いいと形容するのがぴったりなのではないか、と。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

831人が本棚に入れています
本棚に追加