癒やされる心

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 写真を全て削除して、免許証で名前を確認した後、スマホを返すと男はあっという間に逃げていった。 「夜、来るのが遅くなってごめん。あいつはもう来ないと思うけど、もし変なやつがいたらすぐ知らせて」 「……うん」  俯くでもなく、涙を浮かべるでもなく、少しぼーっとした様子の夜々斗から視線を向けられいることに、優樹はその原因は何だろうかと頭を働かせた。 「怖い思いさせてごめんね、一回そこに座ろう」 「……うん」  夜々斗のトラウマとも言える兄の記憶に繋がってしまうようなことがあったのかと伺うが、それにしては緊張している様子がない。 「夜? どうした?」 「……ありがと、優樹」 「どういたしまして。一人にしてごめんな」 「……、優樹」  頷くだけでは答えにならない問いを向けると、漸くはっきりとした言葉が返ってきた。  ひとまず急を要する問題はなさそうだと息をついたところで、名前を呼ばれた優樹はうん?と首をほんの少し傾げて返した。 「かっこよかった」  秘密を打ち明けるように吐息の混ざった声で発された予想外の言葉が優樹に突き刺さった。夜々斗の緩んだ目元が興奮からか恥じらいからか、赤らんで見えるような気もする。 「えっ? あ、そう、だった?」 「うん、いつも守ってくれてありがとう」  直接的な賞賛に動揺している優樹に追い打ちをかけるかのように、夜々斗の言葉が優樹に刺さる。初めて言われる言葉でもないのに、いつになく心が揺さぶられて体温が上昇する感覚に見舞われる。それでもなんとか返事をして、深く呼吸しようとした。  しかし、まだ終わらない。 「ねぇ、手、握ってもいい?」 「…… いいよ」 「ありがとう」 「っ!?」 「さっきの人の感触が残ってて、消したいの」 「……そ、うか」  ────夜が俺の手をにぎにぎしてる? 感触の上書き? それで恋人つなぎ? 可愛い……すぎる。  うるさい心臓の音に邪魔されながらひたすら素数を数えていると、ようやく満足したらしい夜々斗の右手が今度はぎゅっと力を込めて握ってから開く感触があった。  それに次いで中指の先から手の甲を、左手の指の腹でゆっくり擦られる。どうしようもなく心臓が大きい音を立ててしまう。  ────なんつー触り方してんの?  あくまで真剣な顔で、自覚も何もないらしい夜々斗の姿に優樹は心の中で空を仰いだ。  右手が彷徨ったあげく、夜々斗の頭にぽんっと着地した。  はっと我にかえったように夜々斗が顔をあげる。 「もう、落ち着いたか?」 「うん。えっと、ありがとう。  ……ごめん、嫌だった、よね」 「いや、大丈夫」  ────照れてる。可愛い。勘弁して。
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