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優樹の理性ががりがりと削られていく音が聞こえたが、なんとか踏みとどまり、またルートを辿り始めた。
ガラスのすぐ向こうを左に右にと泳いでいる小さな魚を指差しながら「おちょぼ口ー」と楽しそうに笑っている夜々斗に、「こっちはシャクれてるぞ」と優樹が教える。
「ふふふ、可愛い」
魚の動きを目で追いかけながら笑っている夜々斗の姿に、優樹はほんの少し魚を羨ましく思った。
────俺は夜々斗の隣に必死にしがみついてる。けど、もし俺が離れようとしたら夜々斗は俺を追いかけてくれたりするんだろうか……。
引き留めてはもらえなくても、視線でだけでも追いかけてもらえないだろうか、と考えてから欲張りすぎか、と考え直して笑った。
「次行こうか」
優樹が声をかけるとすぐに夜々斗の視線は隣の優樹に移った。
「優樹、どうかした?」
夜々斗は誰に対してもことさら優しい。
優樹を隣に置いてくれるのも優しさ。
甘えてくれるのも優樹の心情を思っての優しさ。
賞賛の言葉をたくさんくれるのも純粋な優しさ。
────だから期待しすぎない方がいい。そんな優しい夜々斗を好きになったのは俺なんだから。
「どうもしないよ」
何度目かの自分への言い聞かせを終えて、優樹は意識を切り替えた。
「タコだね」
次にたどり着いた水槽の中にいたのは、赤い照明の光に浮かび上がるタコだった。
「動かないな」
「寝てるのかな? 寝顔撮っちゃお」
動く気配のないタコにスマホを向けて写真を撮る夜々斗の様子を注意深く確認して、シャッター音を気にする素振りがないことに安堵した。
「タコの寝顔撮ってどうすんの」
照明のせいか、かろうじてタコと分かる写真を眺めて、夜々斗は長いまつ毛を伏せて、んー……と使い道を考えだした。
「……優樹が夜ふかししてるときに見本として見せる?」
そして考えついたのが、優樹に就寝を促すことらしかった。
優樹は夜々斗よりも寝付きがよく、就寝時間も早いため、おそらくこの写真が使われることは滅多にないだろう。
「あー、なるほど?」
「そうそう、ふふっ」
無理のある理由に、盗撮男の件でスマホのカメラに思うところはないということを示すためにそんな行動を取ったのだろうと察して、からかうように笑っている夜々斗が優樹には少し眩しかった。
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