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「クラゲだぞー」
巡回ルートの終盤、色々なクラゲの水槽が並んだクラゲの間という場所にたどり着いた。
色の変わる照明に照らされる1mほどの大きなクラゲもいれば、手のひらよりも小さな色とりどりのクラゲもいて、カメラを向ける人が多くいる。
「わ、本当だ。綺麗だね」
そう言って水槽に片手をついて、クラゲを目で追う夜々斗があまりに美しくて、優樹は息も忘れて見入ってしまった。
すっと周りの音が遠ざかるような錯覚に陥る。つい数秒前に言葉を交していたはずなのに、静かに揺らめく影の中で真っ白なクラゲを見つめる夜々斗は、人間よりも無垢で神聖な存在のように思える。
しばらくしてはっと見とれていたことに気づき、考える間もなくカメラを向けてしまった。
「撮っていいか?」
驚いて、僕を?と振り返る夜々斗と優樹の目があった。
「クラゲ見て」
質問には頷きだけを返してそう言うと、素直にまたクラゲの動きを目で追いはじめた。
影が落ちているのに澄んで見える瞳は、何かを語りかけているようにも、どこかに深く沈み込んでいきそうにも感じられる。
「撮るよ」
「うん、いいよ」
────パシャッ
「うわ、すごいいい画撮れた」
背中の白い翼を幻視してしまえそうな夜々斗の空気がうまく収まった画面に、優樹はカメラ性能のいい機種にしていてよかったと心底思った。
「楽しそうだね」
「満足するまで見てていいぞ」
再び撮影画面に切り替えて優樹がそう促すと、その間に撮るんでしょ? と返ってくる。
「お見通しかぁ」
「仕方ない、許しましょう」
「ははー、ありがたきしあわせー」
夜々斗は優樹が撮影してくるのを気にせず、クラゲを眺めることにした。
お椀のような形の部分がゆっくり開いてはきゅっと閉じて少し進む。またゆっくり開くうちに重力と水流に従って流れる。その繰り返しを見ていると、体から余計な力が抜けていくように感じる。
柔らかく漂っているだけで、こんなに美しい。
でも、自らの進みたい方向にはほとんど進めていない。落ちて流されていく方が多くて、掻いても掻いても進めない。
それに、たとえ進めても限られた水槽の中から出ることはできない。進もうとする意味がそもそもあるのだろうか。
落ちて、流されて、小さなハコの形に沿ってぐるぐる回っているだけのほうが楽なのに。
夜々斗自身をクラゲに投影しかけていたところで、額に軽い衝撃を受けた。
「夜」
見ると優樹が夜々斗の内心を探るように視線を向けている。
よく見ているな、と心の中で苦笑を漏らしつつ、ごめんねと伝えるとしばらく目を凝らされた。
深刻な問題はないと納得できたらしく息をつく優樹を見て夜々斗は少し気を引き締めた。
「そろそろ座って休憩しよう」
「うん、そうだね」
相変わらず藻掻き続けるクラゲは、白くて眩しくて美しくて、そっと目を逸した。
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