癒やされる心

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「はい、水」  大きな水槽がある広いスペースには必ず椅子が設置してあるのはこの水族館のいいところだなと考えつつ、優樹は左隣に座る夜々斗にペットボトルを渡した。  礼を言って受け取った夜々斗が蓋を開けている間に、うまく撮れた写真を見せようと思いついた。  何度かスワイプするとその写真は見つかった。 「それにしても夜、まつ毛長いな」 「え?」 「ほらこの写真見てみ」  ペットボトルを膝の上に下ろして視線を向けてくる夜々斗に、あえて自信満々といった表情を浮かべてスマホの画面を見せた。  画面には夜々斗の横顔と分かる目元が大きく映されている。水槽の照明の影になっているまつ毛がはっきりと見える。  それを見て3回瞬きを繰り返した夜々斗が微笑ましそうに目を細めた。 「拡大しすぎだよ」 「ぶぶー、最初からどアップでしたー」  さらに得意げな顔をした優樹がスマホに親指と人差し指を当てて掴むような動作をする。写真は一旦縮むがまた元の大きさに戻る。 「本当だ。ふふ、気づかなかった」  撮影することを許した時点でどアップだろうと夜々斗は気にしないらしく、自分が勘違いしたことに笑っている。  しかしどことなく視線に力が感じられない。 「……疲れてきたか?」  先程のクラゲを見ていたときのことを思い浮かべて訊ねる。病み上がりで久しぶりの外出の上に、盗撮男の件もある。疲れていない方がおかしい。 「大丈夫だよ。クラゲが綺麗すぎて見とれてた」 「そうか」  少なからぬ疲労が溜まっていることは間違いないはずなのに、問題はないと安心させるために笑う夜々斗にそれ以上のことは言えなかった。 「そろそろお土産見て帰るか」 「うん」  2人でゆっくりと立ち上がった。夜々斗はもうクラゲを見なかった。  お土産売り場に寄った後、2人は迎えの車の後部座席に乗り込んだ。 「楽しめたか?」 「うん、楽しかった。連れてきてくれてありがとう」  体力も落ちている今、トラブルまであった今回の外出は疲労の方が大きいのではないかと心配になって訊ねると、夜々斗に一切曇りの見えない瞳で礼を言われた。 「そうか。どういたしまして」 「うん。これも大事にする」  お土産として買ったカワウソの"チョコちゃん"のぬいぐるみをぎゅっと両腕で抱きしめて嬉しそうに口を綻ばせる夜々斗に、心臓の辺りがきゅっと音を立てる。  餌やりをしていたカワウソのうちの1匹がチョコちゃんという名前だったらしい。夜々斗が小さなストラップを熱心に選んでいるものだから等身大ほどの一番大きいサイズのぬいぐるみをプレゼントしたのである。 「チョコちゃん?」 「うん、可愛い」  夜々斗はチョコちゃんの顔の周りをいじって楽しそうに柔らかい手触りを堪能している。  ────夜が可愛いんだけど  夜々斗がぬいぐるみを抱きしめて遊んでいる姿に浮かんだ考えに、にやっと口角を上げて口を開く。 「夜はチョコちゃんと一緒に寝てもいいぞ?」  すると、子供扱いをするなと言うかと思いきや夜々斗は素直に頷いた。 「うん、そうする」  優樹が買ってあげたチョコちゃんにそれはそれは嬉しそうな笑顔を向ける夜々斗に心臓が撃ち抜かれたような感覚を覚えた。  夜々斗を中心に咲き乱れる無垢な花畑が見えるような気さえした。 「……そうか、可愛いな」  夜々斗はチョコちゃんの鼻先に頬をあてて擦りながら頷いて返す。 「うん、ふわふわ」  夜々斗はよほどチョコちゃんのぬいぐるみが気に入ったのか、いつもなら気づくような会話の食い違いに気づいていない。  優樹はほんの少しの寂しさと嫉妬心を感じつつも、夜が楽しめているのなら問題はないか、と訂正することはやめた。
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