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不意に夜々斗のスマホがピロンと音を立てる。メッセージアプリの音だ。
それを開いて見た夜々斗がふふっと笑った。
「メッセージ?」
「うん、暁さん」
その名前を聞いて優樹の眉間に力がこもる。
「……何か面白いこと言ってた?」
邪魔しやがって、という内心を抑え込んで聞く。
いつも言い合いばかりしているからか、夜々斗は優樹の機嫌の降下には触れずに質問に答えた。
「デートが待ち遠しいな、だって」
「デートじゃない」
しかしデートという言葉に今度は何を考える間もなく否定せずにはいられなかった。
優樹にとっては不本意でならないが、確かに夏休み中に暁と夜々斗が2人で出かけるという予定はある。しかし、それは断じてデートではない、と考えている。
暁の我儘に夜々斗が親切心で付き合うだけで、そこに好意があるとかそんなことはない。少なくとも今は夜々斗にその手の情はない。優樹にはそう見える。
「冗談で言ってるんだよ」
「そうか?」
暁が冗談で言っているとはとても思えない優樹には、本気で口説き落とそうとしている暁の姿が容易に想像できた。
それなのに冗談と言って楽しそうに笑っている夜々斗に優樹の胸が冷えるような感覚がしてぎゅっとなる。
そこで夜々斗があ、と声を上げる。
「そうしたら僕達も今日はデートだったね」
今度は全身が熱くなるような感覚と共に胸がぎゅっとなる。
相手が暁だった時は面白くなかったのに、自分になった途端に嬉しいようなむず痒いような気持ちでいっぱいになったことに単純だな、と優樹は自分自身を笑いそうになった。
「……ああ、そうだな」
上ずりそうになる声を整えて、なんとか肯定の言葉を絞り出した。
「ごめんね、冗談だよ?」
しかしその様子から友達と遊んだだけでデートと言われて困惑していると思ったのだろう夜々斗が、冗談だと口にする。
そう、その言葉の理由が分かっているのに、その言葉を聞いて熱が引いていく。
「わかってるよ」
──冗談なんだよな、わかってる
冗談なんかではなく、夜々斗が優樹とデートをしてくれて、それを楽しんでくれるような日は来るだろうか。
夜々斗は優しいから。もし優樹が恋人になってほしいと頼んだら、今回や今までの長期休暇中の逃げ場を提供してきたことを無視できない夜々斗は、きっと断らない。そしてデートをしたら、きっと楽しんでくれるだろう。
でもそれは優しさの延長でしか成り立たない、優樹が本当に求めている関係ではない。
それに、恋人らしい触れ合いは夜々斗にとって苦痛にしかならないはず。そしてそれは当然のことなのに、罪悪感に苛まれる夜々斗の表情まで予想できてしまう。
その思い浮かべてしまった夜々斗の表情に、絶対に好きだなんて言えないな、と優樹は静かにため息をついた。
「どうしたの?」
「いや、次のデートはどこにしようかって考えてた」
嘘ではないけれど、聞きたいことに答えてもいない優樹の返答に夜々斗はそっか、と頷いた。
踏み込んではいけないところだと察して触れずにいてくれている時の相槌だ。
「優樹と行くならどこでも楽しいよ」
そしてその相槌の後は優樹が喜ばずにはいられないことを言ってくれる。
お世辞でもなんでもなく、本当にそう思ってくれているらしいから余計に恋に落ちていってしまう。
「次も楽しみにしとけよー?」
「わかった」
這い上がる道が見当たらないほど深く、そんな道があったのかも分からなくなるほど長く落ちて、沈んでいく。
──これが底なし沼ってやつかなのかねぇ
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