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八月の陽気はますます容赦を知らず、ヒートアイランドの名を恣にしている。ましてやパイプ椅子とスチールテーブルしかない殺風景な取調室には、扇風機すら見当たらない。
省エネ反対、とつくづく考えながら、この席に臨んだ捜査官は、喉を嗄らして尋問を続けた。クールビズなんて銘打ったワイシャツを第二ボタンまで外し、必死に空気を取り入れる。汗がしとど流れて鬱陶しい。とにかく水が飲みたい。
なのに、どんなに言葉を連ねても、容疑者は口を割ろうとしないのだ。
必然的に警察側だけが、自供を引き出すべくあれこれ喋り倒さねばならず、余計に喉が渇き、声がかすれ、滑舌も鈍った。
徳憲忠志。
階級は警部補で、今回の事件の捜査主任も引き受けている。キャリアでもない三十路前が警部補まで出世できた例は少ない。現場の叩き上げでポイントを重ねた賜物だ。
ここ実ヶ丘署で最多の検挙記録数を誇り、この年齢で結婚はおろか恋人も作らず、寝ても覚めても捜査に明け暮れた仕事一筋の実直さが、彼を構成する全てだった。
「あなたは明後日に検察へ送られますが、その前に確認したいんですよ」
取り調べも彼が行なっている。他は制服警官が記録係としてノートに尋問を記述しているが、会話には口を出さない。徳憲しか喋っておらず、さぞかし退屈な記録だろう。
対座したマルヨウは唇を真一文字に結んだまま、ふんぞり返っている。憎たらしい。
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