あき

3/7
前へ
/8ページ
次へ
その人が初めてこの部屋に来た日。 俺がどれだけ驚いていたかなんて、きっと君は知らないだろう。 君と俺以外の人がこの部屋にいるところなんて、想像したこともなかった。 でも、もっと驚いたことは。 君がその人に向けて見せている顔は、俺が今まで見たことのない君の顔だった。 君はそんなに優しく、嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに笑うのか。 そのあとも何度かその人はここを訪れて、君はその度に見たことのない顔をして。 そして気付いた。 君を一番幸せにできるのは、俺じゃないってことに。 俺は君がいてくれるだけで十分だった。 君がいてくれるだけでよかったのに、君はそうじゃなかった。 その人を選んだということは、俺はもう必要ないということで。 ここを追い出されるのだろうか。 また暗くて冷たい世界をさまようことになるのだろうか。 しかし相変わらず、君は優しい声で俺を呼んで、温かい手を差し伸べてくれるから。 一番近くで、君を見守る道を選んだ。 世界で一番大切な君が選んだ、君の大切な人だから。 俺も受け入れていこうと決めた。 たまに触れられて伝わってくるその人の体温も、確かに温かかったけれど。 必要以上になれ合わないのは、俺のせめてもの抵抗だった。 こうして三回目の春は、少し苦い思い出の春となってしまった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加