5:さっきから何言ってるの?

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5:さっきから何言ってるの?

 ホラーと銘打った小説を書いてるわりに怖がりだ。  別にそれ自体は珍しくもないだろうが、意外なのは書いている間はそんなに怖いと感じることがないということだ。集中して書いているから周りのことが気にならないというのもある。だけどそれ以上に、この世界の語り部は僕だ、という当たり前の立場が嬉しくてしかたないんである。  ジャンルにもよると思う。これが例えば、出版社の編集部に勤務するライターなんていう立場だったりしたら、読者からの投稿話の裏付けを取りになんらかの取材が必要とされる。あくまでそういう体で、という創作物の事ではなく、実際のドキュメントが主題である場合、書き手自身が恐怖の現場に身をおくはめになる。これは怖い。僕には絶対に無理だ。書くどころの騒ぎではない。失禁して失踪する。  そうではなく、……こう言うと面白味に欠けてしまうのかもしれないが、全て僕の脳内で練り上げた物語であるからして、自称・妄想万華鏡(笑)が広げた箱庭みたいなものなのだ。僕はただただ思い描いた場面を文字に起こしていくだけでなので、そうなると怖がる以上に楽しい。恐怖を楽しいが上回る。  こういうことって、実はありそうでなかったな、と。  小説はこれまでにもいくつか書いていて、自分で自分を褒めちぎりながら、あるいはほとんどの時間を「どうせ僕なんか…ッチェ」っといじけて過ごしながら書いてきた。  ただ、きらめくような一文を書けたからと言って、その快感は何かと比較できるものではなかった。ホラーを書いていて、怖いんだけど、それ以上に楽しいと感じるような心境を味わったことがなかったのだ。  それが今、とても心地よい。  だが、それが怖いんである。  …ややこしいな。  なにか落とし穴のように感じてしまう、というか。  ホラー小説を書いている以上、色々な意見があると分かった上で書いてしまうと、怖ければ怖い程作品として優れている、と僕は思っている。  これまでヒューマンドラマを主に書いてきたせいで、どうしても随所に人間味とかおかしみ、哀切などを求めて気が付くと随所に散りばめている。もはや癖みたいなもんで、それが僕の持ち味と言ってしまえば聞こえはいいけれど、純度100の恐怖で勝負出来ていないじゃないかと、じっとり見つめて来る視線を感じてしまうのだ。その視線も僕なんだけど。  色々あっていいと思う。まるでミステリー小説のように謎が謎を呼んで最後にハッとさせられる、そういう恐怖だってホラーだろうし、スプラッタ小説も、怪談も、怖さにも種類があって当然なのだろう。  しかし省みるならば、書いている僕がただただ楽しんでいるだけではダメなんじゃないか。もっと毛布にくるまってガタガタ震えながら書かなきゃ、読者に恐怖なんて伝わらないのではないか。今の心地よさがかえって僕自身の首を絞める落とし穴になるんじゃないのか、……とまあ、そんな風に思ってしまうわけなんです。    これもまた妄想。
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