異世界からやってきた女の子がスパルタ編集者だった件で

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「あたしがあなたの代表作になってあげます!」  その女は、にっこり笑ってそう言った。  事の発端は、三週間前。  俺が自宅のパソコンの前で執筆に勤しんでいた時のことだ。といえばちょっと聞こえはいいけど、実際はやる気を失って、ずっとSNS見てたんだけど。  大学三年の俺は、ぼちぼち就職活動というものに本腰をいれなければいけないんだけれども、ずっとそれから目を背けていた。  なぜならば、する必要がないから。  というのも、俺は小説家になるから!  って、大学一年のころとかは思ってたんだけど、何作書いても「没個性」という理由で一次落ち。  しかし、今更一般企業で働く自分とかも考えられないしさー、この一作が当たってきっとデビューできるしさー。そんな風に思いながら、SNSの猫動画を見て時間を浪費する毎日。  猫動画ってとこがいいっしょ、平和で。  しかし、その日はいつもと違っていた。  猫と犬がじゃれ合う動画を見ていると、背後のクローゼットから、バーンという大きな、何かが落ちるような音がして、慌てて振り返る。  クローゼットのドアがあき、 「いててて」  でかい帽子に、黒いマント、大きな木製の杖を持った女の子が転がり出てきた。ゲームっぽいやつ。  意味がわからん。  不審者だ、不法侵入だ。え、クローゼットから?  固まっている俺を無視して、女の子は俺の顔を見て、俺の部屋を見て、 「よっしっ」  大きくガッツポーズをした。 「成功成功大成功ですよーっと!」  いや、誰だし。  まだ、事態を把握できず動けない俺に向かって、 「あ、ちょりーっす」  挨拶、軽っ!  女の子は軽く敬礼なんかしてみせると、 「あたし、ダンナコド王国の宮廷魔術師のヨダ・レーダです! あなたが、木佐口武生さんですよね」 「え、いや、そう、ですけど」 「オッケーオッケー、よかったよかった」  ヨダは満足そうに頷くと、 「あたしが、あなたの代表作になってあげます!」  元気よく、そう言った。 「つまりですね」  お茶をいれて落ち着いた俺たちは、向かい合って座る。 「我がダンナコド王国は、もうすぐ消えそうなんです」 「出だしから重い」 「あ、まあその事自体は昔からわかってて、人間は全部避難するからいいんですけど」 「それはよかった」 「ただ、住んでいる人はみんな離れ離れになるし、王国の記録は失われてしまう。それを保全することにしたんです。で、その時に、どうせなら異世界の人に記録残してもらったら、いろいろなところにうちの王国の記録残るなって」 「はあ」  異世界か。流行りだもんね。こっちからみたら異世界は、向こうからみたらまた異世界か。 「うちの王国の話、こっちから見たらバリ面白いですよー」 「はあ」 「います? キドモリトとか」 「なんぞ、それ」 「ヌイケマとか」 「知らんけど」 「ですよねー! やっぱいいっすよー」 「いや、何が」  ダメだ、ついていけない。 「あなたのことは調べさせてもらいました。小説家になりたい。でも、個性がないって言われてる。あたしの話を書けば、個性ばりばりっすよ」  まあ、そうかもしれないけど。  何を言っているか。わからん。  でもまあ、乗らない手はない?  だって、このまま何者にもなれないまま、終わるなんて、できない。  こうして、俺はヨダの手を取った。  が、問題は山積みだった。  まず、ヨダをうちに置くことが問題だった。一人暮らしの家は狭いし、ヨダ女の子だし。なんかこう、ラブコメ的なあれやこれやがあったりして。  でもって、ダンナコド王国の文化が独特すぎて、それを小説に落とし込むのが難しかった。 「違う! そうじゃない!」  ちょっと間違えると、ヨダがめちゃめちゃ怒ってくる。卒論の指導教官より怖い。  そんなことをしている間に、つらくて、息抜きで「異世界からやってきた女の子がスパルタ編集者だった件で」というラブコメを書き始めた。投稿ではなく、ネットで。  それがだんだん人気になっていった。  という、異世界からきた押しかけ女房の話で、この度デビューが決まりました。  ヨダからは「いや、うちの王国史かけよ!」と怒られております。
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