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第5話 事件は無かった
竹川邸を出て俺は槇村の車に乗せて貰い都内を流している。
誰にも聞かれたくない密談をするには車は最適だ。映画だとリムジンの後部座席で話すところだが、生憎登坂保険は運転手を用意するほど余裕はない。
槇村の車は流石美術保険の外交員ということなのかロードスターで、狭い車内には俺と槇村のみ。
「最近多いいな。ここ最近で我が社の保険に加入しているクライアントが三件やられた」
「あんたの所以外を足せば六件だな」
同様の強盗団だと思われる事件はここ最近都内で六件起きている。短期勝負の荒稼ぎを狙っているようだ。
生の現場に入れたのは今回が初めてだが、他の5件に関しても色々なツテを使って情報を集めている。そこから推測し、それに沿って警察では出来ないような情報収集を行っていく。推測が外れれば悲惨だが、当たれば圧倒的な組織力を持つ警察に倍するスピードで犯人に迫れる。
そして当てるのが俺さ。
「他も大変だ。
他でもバイトしているのか?」
「大手じゃ俺のような奴は雇ってくれないよ。
それに大手じゃ仮に成れても、ここほど甘く自由にはさせて貰えないだろ」
大手ほどコンプライアンスやらクリーンを謳っている。
表では俺を絶対に雇わない関わりを持とうとしないだろう。そういう意味では登坂保険は少々異質だ。
「お前ももう少しその胡散臭さを抜けば信頼されるだろうに」
「ほっとけよ。これが俺の味だ」
好青年の俺はもう俺じゃない。
「それで調べは進んでいるのか?」
「全て同じ強盗団の仕業だな。それも外国の」
今回生現場を見れたことで限りなく100%に近い推測から断言に変わった。
「そうか。国外に持ち出されたら二度と日の目を見ることは無いな」
「まあ海外の地下マーケットは、文字通り魔境だからな。コネのない日本人じゃもぐりこめもしない」
代わりにコネと金があれば戦闘機だって手に入れられるし、更に金を積めば歴史が変わる遺物だってあるという噂だ。
「怖い怖い。
報酬はいつも通り支払われる予定の保険の三分の一」
「さっきのクライアントは成功報酬を出すと言っていたが」
「それは貰うわけにはいかないな。どうしても欲しければクライアントと直接交渉してくれ」
「連れないな~」
まあそれをやったら保険会社と強盗のマッチポンプになってしまうから仕方ない。
「我が社としては我が社と契約したクライアントに手を出したらどうなるか思い知らせればいい」
「へいへい」
まあ保険屋にとって一番いいのは、事故が起きないことだからな。だから普通の保険会社では意地でも事故を事故と認めないようにあらゆる手を尽くす。
だが登坂保険では次元が違って、盗まれた美術品もいつの間にか返ってくれば事件は無かったことになると詐欺のような手を使う。加えて登坂保険に入っているクライアントに手を出せばどうなるか闇の世界に知らしめて、事件そのものが今後起きないように手を尽くす。
それなら保険料も三分の一を俺に払っても十分お釣りは来る。
「我が社はこれからお前がする行動に一切関与しない。それは肝に銘じておいてくれ」
「分かってるよ。死して屍拾う者なしってね」
格好良く隠密とかお庭番といいたいが、そんな忠誠心は皆無。
俺は登坂保険会社の外部調査員、余所者、何かあったときのトカゲの尻尾じゃない。対等なビジネスパートナー。尻ぬぐいを頼む気はない。
「すまないな」
「雇ってくれているだけでもありがたいよ」
「・・・」
「なんだよ。男に見詰められてもうれしかないぜ」
こんな俺だが性癖はノーマル。
美しい男だと何度か思ったことはあるが、それは性的じゃ無い。ダビテ像を見ているような、ただ美を見る心。
「ここから友人として言うが、こんな事いつまで続けるつもりなんだ?
お前なら表の世界でもやっていけるだろ」
「勿論神に辿り着くまでさ」
神なんて壮大なものに表の世界だけを駆けずり回って至れるものじゃない。表と裏両方を這いずり回って、偶然闇に落ちるか天に巻き上げられるしかない。
「それでどうする。新興宗教でも起こすのか?」
「そりゃ大儲けだ。
ただ俺は知りたいだけさ。こんな世界に生まれた意味を」
ただ生まれて死ぬだけの存在に俺は耐えられない。
ならば知性などいらなかった野生動物のようにその日暮らしのほうがどんなに生き方として美しいことだろう。
下手に知性がある為に死を予見に恐れる。
死を忘れて生きることも死に怯えて生きることも美しくない。
ならば作れられた意味を神に問うしか無いじゃ無いか。
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