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抱擁
僕は恵美の家から出て、国重さんに電話を入れた。「彼女に抱きしめてもらったが、治らない」と告げた。彼女は眠たそうな声で「おかしいな」と答える。
「抱きしめ方が弱かったのかも」
僕がそう言うと、彼女は「身体の一部が触れあっていれば、ある程度は回復するはずなんだけど」と否定した。
「じゃあ……」
「言いづらいけど、彼女さんの愛情不足」
恵美はもう僕を愛していない。そう気づかされた。彼女の愛は別の方向に向かっている。愕然とした。
「……会えないかな?」
国重さんに聞くと、彼女は「そうだよね、このままじゃ消えちゃうもんね」と答えた。
僕は恵美の家から、大学までの道のりをトボトボと歩いた。キャンパス内に入り、クラブ棟の裏へ回る。校舎の壁にもたれながら、国重さんが待っていた。
ため息をつきながら、近づく僕を、彼女は優しく抱きしめてくれた。包帯を取ると、指は元の姿を取り戻していた。
安堵のため息を漏らした後、襲ってきたのは悲しみだった。恵美が僕に愛情を持っていないという事実は、僕の心を想像以上に痛めつけた。
「大丈夫?」
大丈夫ではなかったが、小さくうなずいた。「よかったら、私が今後も抱きしめようか?」と国重さんが言った。僕は「ありがとう」と返すだけで精一杯だった。
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