愛情

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愛情

 朝だった。僕はいつものように、クラブ棟の裏の木に寄りかかりながら、国重さんを待っていた。やがて彼女がやってくると、ポンと軽く僕を抱きしめてくれた。  その後、いつもなら雑談に入るが、今日の彼女は無言だった。ツンとした表情を崩さない。 「どうしたの?」 「何か、私がハグするのが当たり前の顔をしてる……」 「え?」 「私から君にハグしてばかりじゃない?」と彼女は頬を膨らませ、「彼女さんがいる手前ってこともあると思うけど」と続けた。 「何が言いたいの?」 「神山くんから、一度も抱きしめてもらったことがない」  彼女はプイッと僕から目を背け、「これは神山くんの問題なんだよ」とつぶやいた。  僕はうつむき、腕を組んだ。 「この病気は、周りからの愛情不足からくるって、知ってた?」 「一応、調べたよ」 「人は愛されないと生きていけない。でもね一方的な愛はやがて枯れる」  言葉に詰まった。愛されたいと望んだことはあっても、自分から積極的に人を愛そうと思ったことはなかったかもしれない。 「愛情は雨みたいに天から降ってくるわけじゃないんだよ。鉢植えに咲くお花みたいに世話をして育てていくものなんだよ」  言っていることは理解できたが、胸が苦しかった。 「彼女さんも、神山くんに一方的な愛を注いで疲れちゃったのかも」  そこまで聞いて、僕は頭に血が上ってしまった。 「そんなごちゃごちゃ言わなくても。こっちはお金払ってるじゃないか」  僕が声を上げると、国重さんは「そうだね、ごめん」と悲しげにつぶやいた。彼女は財布から一万円を取り出すと、プレゼントの入った紙袋とともに、僕に押しつけた。  彼女はあふれ出る涙を拭いながら、クラブ棟裏から去っていった。  紙袋からホースヘアのブレスレットを取り出し、手首にはめた。それを太陽にかざすと、編み込まれた毛の束が、なめらかに光った。  僕は無条件に愛されることばかり望んでいて、自分は愛情のひとかけらも示していないことに、気が付いた。
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