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滑り台の順番を守らない男の子がいて、瑞香が「順番はちゃんと守らないといけないんだよ」と言った、たったそれだけのこと。瑞香としては、秩序とかルールとか以前に、そうしないと先生に叱られるよという意味で言ったのだが、先生は瑞香を「しっかり者」と呼んだ。
この時の瑞香には、その意味はよく分からなかったけれど、褒められたことだけは分かった。家に帰ってからも、連絡帳を見た母親が褒めてくれた。「しっかり者だって」と嬉しそうにしている母を見ていると、瑞香も一緒に嬉しくなって、自分がそうあることで喜んで、褒めてくれる人間がいるのだと知り、その喜びは今の瑞香を形成する第一段階となった。
小学生に上がっても、その「しっかり者」という言葉は近所の人、学校の先生から貰え、通知表にもしっかりと記録されている。
中学に上がると、「しっかり者」という言葉は一般的に「優等生」という言葉に成り変わる。ただしっかりしているだけでは、その言葉は相応しくないのだと思い始めた。成績も学生生活も人間としても、気の抜けない「しっかり者」を守るための努力は始まった。いつしか、「しっかり者」という言葉は瑞香の呼吸を苦しくさせるものに変わり始めた。
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