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その夜も俺は、美咲と過ごしていた。美咲の温もりを肌で感じ、気持ちを頂きまで登らせていた。
会えば会うほど、彼女の魅力に取り憑かれていたのかもしれない。完全に、周りが見えていなかった。
行為を終えて眠りについていた時、突然に自宅の鍵が開いた。
強く踏み込む足音が近づき、部屋が明るくなった。本当に一瞬だった。
思わず目を開けた。その景色は、いつの間にか絶望の淵に変わっていた。
目の前には、沙智が立っていた。
「何やってるの?」
明らかに苛立っていた。その怒りを供えた低音にも関わらず、声が跳ね返ってくる。俺は、完全に怯えていた。
しかし、沙智の様子がおかしい。目線が俺ではなく、美咲に向いている。
「何がですか?」
美咲は、平然と答えた。
「何がって、あんた自分のやっている事わかってんの?」
沙智の問いかけに、美咲は笑みを見せる。
「やっぱり気付くのが遅いですね。でも、先輩にしたら意外と早かった方だと思いますよ」
そんな言葉を浴びせられた沙智は、枕を掴んで美咲に叩きつけた。
「あんた、人を馬鹿にするのもいい加減にしときなさいよ」
「それは、こっちのセリフですよ」
「はっ? 何が言いたいの?」
「いつも言ってるでしょ。もっと機転を利かせれる人になれって事ですよ」
美咲の発言に、沙智の目に涙が溢れる。
沙智の手が素早く動いた。
その手は、美咲の頬を強く叩いた。
「馬鹿にするんじゃないわよ」
沙智がそう言った瞬間、視線がこちらに向いた。
その時の目は、今でも頭に焼き付いている。今までに見たことのない怒りがたっぷりと溜まった、鋭い眼光。
とてつもない痛みを左目に感じた。
殴られたと気付いた時には、もう沙智の背中しか見えていなかった。
痛みは次第に響いていき、ベッドに伏せながら顔を覆った。
玄関のドアが閉まる音が、大きく聞こえた。
起きてしまった最悪の事態に魘されている時、隣で美咲がベッドから出ていくのがわかった。
左目を押さえてながら顔を上げると、彼女は服を着て、自分の鞄を手に取っていた。
「どういう事? 知り合い?」
ふと、やりとりを思い出し、美咲に尋ねた。
「うん。まあね」
美咲はそれだけを言い残し、そのまま玄関に向かった。そして、何も言わずに、部屋から出て行った。
それが美咲の最後の姿だった。
一人に戻った部屋には、険悪な雰囲気だけが残っていた。
二人が部屋を出てからしばらく、何が起きたのか理解が追いつかなかった。
そして、時間の経過と共に頭が覚めていった。
記憶が頭に過っていく。
あんた?
先輩?
馬鹿にする?
機転が利かない?
明らかに美咲と沙智の関係が深いのは、確かだった。
一体どういう事なんだ? 私はすぐに美咲に連絡を入れた。
しかし、電話は繋がらなかった。もちろん、今でも返事はないままだ。
その後、沙智からは長文のメッセージが届いた。
そこで、たっぷりと罵倒された言葉を浴びた。
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