いいわけ

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いいわけ

 その再会は、ずいぶんと荒々しいものだった。  あんな出来事が起こってから4日が経ったこの日。仕事が終わり、自宅の最寄駅まで帰って来ると、駅を出た瞬間に強い力が背後から襲ってきた。  それは何が起きたのか考える余裕がない程、一瞬だった。  何も抵抗ができないまま左肩を強く引っ張られ、近くの壁に突き飛ばされるように押し込められた。  急に変わった状況に狼狽るまで、僅かなものだった。  そんな俺を、吉野沙智は、無気味な笑みを見せながら言った。 「久しぶりね」  俺を押さえた右手は、力強い。  そう告げた彼女の目は、はっきりと俺の顔を捉えて、離そうとしなかった。 「ああ」  吊り上がった鋭利な視線。そんな視線を突きつけられると、全く言葉が出てこない。こういう時は、どんな返事すればいいのか誰かに教えてほしいくらいだ。きっと心が汗をかくのなら、滝の様な汗が滴り落ちていただろう。 「久しぶりにまともに会ったんだから、もっと笑いなさいよ。それとも、そんなに私に会うのが嫌だったかしら?」  背の低い沙智は、俺の顔を見上げながら不満げな顔を浮かべている。 「いや、そういう訳じゃないんだ。ちょっとびっくりしてね」  お世辞にも立派な返事といえないのはわかっている。しかし、それがこの時に言えた精一杯の答えだった。何より、本当の事なんて言えるはずがない。  ーー君を目にすると、気まずくて仕方がない。  そんな事は、口が裂けても言えるはずがなかった。   沙智も俺に答えを聞いておきながら、その答えに関心は無さそうだ。 「まあ、あんたの言い分なんて、どうでもいいんだけどね」  素っ気ない声。向こうからやって来ておいて、まるで遇らわれているようだった。  そんな沙智に、引き攣らせた笑顔を見せ続ける事しかできない。ここで歯向かうなんて自殺行為そのものだ。  こちらに構う事なく、沙智は続けた。 「あんたどうせ暇でしょ? ちょっと付き合ってよ。もちろんいいわよね?」  そう言って彼女は、否応無しに腕を掴んできた。  華奢な体からは考えられない程の力は相変わらずだった。  その力に抑えられると、もう逃れないと思った。振り解こうとしても、おそらく離してもらえなかっただろう。  俺は、いいわけを必死で考えた。そのためには、記憶の隅々から掘り起こすしかなかった。    
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