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利害の一致
私は彼が欲しかった。
初めてその姿を見た時から、全身が震え、毛が逆立つような不思議な感触を覚えた。
優しい表情を称え、こちらに頭を下げて微笑んだ後に見せる綺麗な顔。その滑らかな肌も、艶やかな黒い髪も、スーツに隠されたしなやかな体も、全て欲しくなった。
今まで何人もの邪魔な輩を蹴飛ばして来たか分からない。自分の地位を上げる為に、これまで会社の歯車として生き延びていく事に違和感無く生きてきた。
生き延びて、生涯安泰を約束される立場に収まる事が出来ればそれで良かったのだ。
それなのに、次期社長として紹介され、その姿を初めて見せられた時に自分の気持ちが揺らいでしまったのだ。
…歯車の動きは、次第におかしくなった。
「これから色んな事を教えて下さい」
まだスーツ姿が馴染まない若い青年と握手を交わしながら、心の奥にある澱んだ何かが目覚めた。
彼の全てが欲しい、と。
あくまで手を汚さず、周囲からじわじわと彼の周りを攻めていく。次期社長と言われた彼の父…社長の裏をここぞとばかりに抜き取り、大衆に知らしめ追い込んだ後、社長に懐柔されてきた邪魔者も排除した。
不満の声も、これは会社を立て直す為に必要な事だ、ここまで来たならば完全に膿を出しクリーンにして改めて出直さなければならない。正義面をしてそう突っぱねた。
結果、社長と周囲の人間を会社から吐き出す事に成功したのだ。だが膿を出し切った後に一人だけ残された彼だけは手元に置いた。
そして今、彼は私の自宅マンションに住んでいる。
籠の鳥となった彼は、私のフォローの甲斐もあり良く懐いてくれた。
私が帰ると変わらず優しい微笑みで迎えてくれる。
手を汚さず、人々を蹴飛ばしてきた非道な私に対して無邪気に食事の用意までしてくれているのを見ると、少しだけ心が痛んだ。
…本当の事を、何も知らないだけに。
「おかえりなさい」
あらかじめ食材を買ってきてくれていたから、今日は沢山料理を作る事が出来た。
彼には感謝している。
元々僕は、会社なんか継ぎたくなかった。それに、父さんがしてきた汚い事を良く知っていたから。
だから、あの会社を壊してくれて良かったのだ。
好きでもない相手と結婚もしたくなかったし。
この人には感謝しなきゃいけない。僕の代わりに社長になってくれたんだからね。
「今日は奮発したんだよ。篠山さんが気に入ってくれるといいんだけど」
せめてものお礼として、彼の籠の鳥になってあげよう。
僕の決められていた人生のレールをへし折ってくれたんだから、精一杯尽くしてあげる。
…彼が僕に飽きたら、その時はその時だ。
ある種の共犯者同士。
お互い知らない所で利害が一致した二人は、ワインを口にしながら微笑み合っていた。
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