エースナンバー

1/9
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 それは冬休み、年明け最初の練習後のことだった。 「三木(みき)先輩の送別会やけどさ、」  あまりにも自然に細川(ほそかわ)が言うから、「うん」なんて、あっさり相槌を打ちそうになった。学ランのボタンを穴にくぐらせてから、細川の言葉の意味を考えた。考えた結果、「は!?」と素っ頓狂な声が、野球部の部室に響き渡った。「は?」と怪訝そうな顔で細川は訊き返してくる。 「いや、……え、三木先輩の送別会?」 「おう」と細川は当然のように頷く。 「は、何で?」  愕然として尋ねれば、「え、先輩が転校するけんやろ」と、またも当然だという顔をして細川は答える。俺が言葉を失っていると、「え、お前知らんかったん? 先輩、四月から宇和島(うわじま)の高校に転校するって」と細川が首を傾げた。 「えーうっそ、葉山(はやま)知らんかったん?」と寄ってきたのは、横で着替えていた先輩たちだ。 「俺ら、知った瞬間ちょー嘆いたんやけど」 「まぁクールボーイ(・・・・・・)は三木さんに興味ないけんなー」 「あーあ、もう少しで落とせるとこやったのに」 「ウソつけ!」  部長の石原(いしはら)先輩が呼び始めたことで広まった、クールボーイなんてセンスの古すぎる呼び方に、普段ならため息を吐いているところなのに。俺は息を呑んで立ち尽くした。先輩たちの笑い声が、遠くに聞こえるような気がした。ついさっき見たばかりの、綺麗な投球フォームが、透明な残像となって目の前に現れる。スピードだけなら、俺の方が断然速い。でも、あの球は、バッターの手元でグンと伸びる球だ。コントロールも正確で、容赦なくコーナーを突いてくる。その上、回を重ねても、決して制球を乱さない。  何でだよ、と思ったときには、自然と舌打ちをしていた。  ――俺はまだ、あんたを超えていないのに。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!