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それは冬休み、年明け最初の練習後のことだった。
「三木先輩の送別会やけどさ、」
あまりにも自然に細川が言うから、「うん」なんて、あっさり相槌を打ちそうになった。学ランのボタンを穴にくぐらせてから、細川の言葉の意味を考えた。考えた結果、「は!?」と素っ頓狂な声が、野球部の部室に響き渡った。「は?」と怪訝そうな顔で細川は訊き返してくる。
「いや、……え、三木先輩の送別会?」
「おう」と細川は当然のように頷く。
「は、何で?」
愕然として尋ねれば、「え、先輩が転校するけんやろ」と、またも当然だという顔をして細川は答える。俺が言葉を失っていると、「え、お前知らんかったん? 先輩、四月から宇和島の高校に転校するって」と細川が首を傾げた。
「えーうっそ、葉山知らんかったん?」と寄ってきたのは、横で着替えていた先輩たちだ。
「俺ら、知った瞬間ちょー嘆いたんやけど」
「まぁクールボーイは三木さんに興味ないけんなー」
「あーあ、もう少しで落とせるとこやったのに」
「ウソつけ!」
部長の石原先輩が呼び始めたことで広まった、クールボーイなんてセンスの古すぎる呼び方に、普段ならため息を吐いているところなのに。俺は息を呑んで立ち尽くした。先輩たちの笑い声が、遠くに聞こえるような気がした。ついさっき見たばかりの、綺麗な投球フォームが、透明な残像となって目の前に現れる。スピードだけなら、俺の方が断然速い。でも、あの球は、バッターの手元でグンと伸びる球だ。コントロールも正確で、容赦なくコーナーを突いてくる。その上、回を重ねても、決して制球を乱さない。
何でだよ、と思ったときには、自然と舌打ちをしていた。
――俺はまだ、あんたを超えていないのに。
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