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”AI占い”の事業立ち上げ
占いと言っても、超科学的なものから生まれるものではなく、中国で生み出された陰陽五行を基本とした上に、今までの経験則が積み重なってできた所産である。
ならば、AIにこれらの基本の法則を学ばせ、膨大なひとびとのデータをインプットすれば、最高の占い装置ができるのではないだろうか?
小さなIT会社を経営するS社長は、起死回生の一手として、AI占いの事業に乗り出した。
このアイデアも実のところ、S社長が夜の街に行ったおり、なじみの女性が酔いながら”AIに占ってもらって、素敵な人に出会いたい”と言った言葉から、彼が思いついただけである。
占いに何の興味もなかったS社長だったが、AIという最先端技術と、占いという非科学的な代物がコラボすることに、新鮮さを感じた。また、女性ウケすることは間違いないともにらんだ。AI占いというコンセプトに、S社長は運命的な「出会い」を感じてしまったのである。
このS社長のスゴイところは、行動がずば抜けて早いことである。”これはあたる”と思った彼は、その夜、早々に自宅に戻って、酔いも覚めぬまま、すぐに仕事にとりかかった。
そして、S社長のもう一つのスゴイところは、自分の判断に理由もなく「自信」を持っていることである。
会社の負債がふくらんで首が回らなくなったこの時でも、自分は必ず成功できると信じていた。もし、"失敗したら"という後ろ向きの発想をすること自体が、嫌いだったし、できない人だったのである。
S社長と、一人だけ会社から逃げずに残っていた社員Tの二人は、このAI占いというアイデアを実現させるために、不眠不休の作業をつづけた。
S社長は、平安時代の貴族たちが、その日の方角の吉凶にしたがって行動を決めていたことを思い出し、利用者が提供した本人の情報から、AIが運命の
人に出会うために、最も相応しい”日時”と”場所”を「占い」というかたちで提示すれば面白いと考えた。
そして、その日時や場所は、旧来の占いのように曖昧に提示するのではなく、具体的に誰でも明確にわかるように示そうと思った。さらに利用者が、当日一番パワーを出せる"ラッキーカラー"と"ラッキーアイテム"も、AIが占って提示することにした。
二人は、死にもの狂いに働いた。そして、二週間ほどでプログラムを作成し、SNS上にアップロードした。
このAI占いのターゲットは、もちろん若い女性である。テーマが理解しやすいようにタイトルを、 AI占い「出会い」と名付けた。
そして、これらのサービスは、すべて無料で提供することにした。
自信の連鎖
ひと月ほどで経ったころ、ある女性タレントAが、この「出会い」が占った通りの日時と場所に、ラッキーカラーの服をまとい、ラッキーアイテムを持って訪れたところ、ある男性と運命的な出会いをとげ、交際を始めたと自分のブログに紹介した。
実は、これはS社長が仕掛けたものだった。馴染みのIT社長になんとかお願いしてAを紹介してもらい、「出会い」を利用してもらうことと、ブログに載せてもらうことを了承してもらったのだ。そのために、なけなしのお金をつっこんだ。
このAも小遣い稼ぎで引き受けたのだったが、「出会い」が占う通りに臨んでところ、不思議と「自信」がわいてきて、本当にタイプの男性に出会ってしまったということである。
そのへんの経過はもちろん内々の秘密だったが、この成功によって「出会い」の存在が若い女性の間で知られるようになった。
サービスがすべて無料であることも功を奏し、利用者が数か月で爆発的に増加した。そして利用者が増えた分だけ、比例して成功者も同じように爆発的に増えていった。当然、うまくいった人たちは、自らSNSでそのことを大なり小なりあげてくれるので、口コミでさらに広まっていった。
すると、あるテレビ制作会社が、深夜番組で「出会い」を使って番組を作ってみたいと申し入れてきた。
この「出会い」の命中率が本当は皆が思っているよりも高くないことは、S社長はデータからわかっていた。しかし、「自信」を持つ彼はリスク
などは考えなかった。二つ返事で、この製作会社に全面協力することにした。
制作会社の方も、当初、企画提案したものの、多くのスタッフは、番組がスタートして毎回毎回「出会い」の占いが失敗したら、この企画は大コケになるのではないかと不安に思っていた。
しかし、制作会社は最近手掛けた番組の視聴率が立て続けて低迷がしていて、かなり追い込まれていた。少ない予算で視聴率を取るためには、他にいい案があるわけでもなく、この企画にかけるしかなかったのである。
ところが、制作の作業が進むにつれ、S社長の「自信」に制作会社のスタッフたちも感化され、皆理由もなく「自信」を持ち始めていった。次第に、チームの雰囲気は盛り上がり、成功を確信していくようになった。
番組の初回は、三十代で結婚できないことで有名な女性タレントBを起用した。「出会い」の占いが外れることを前提に、失敗をコミカルに描こうとしたのだった。
「出会い」が占った日時と場所に彼女が行ったが、やはりそう簡単に運命的な出会いなどは起きるはずもない。Bは、彼女に気づいて集まってきた一般人たちに、”結婚できない自分が、AIの占いにまで頼るようになった。もう終わりだ”などと台本通りに、自虐的に話しをして、笑いをとっていた。番組の収録としては順調だった。
ところが、たまたまそこに居合わせて一部始終を見ていたある初老の女性が、ひどくBに同情し、なんとかいい相手を紹介してあげようと、おもむろにその場で自分の知り合いに電話をかけ始めた。台本にない予想外の展開である。周囲のひとびとも、緊張した面持ちでそれを眺めていた。
その女性は、知り合いという知り合いに電話をかけ続けた。へこむことなく、自分が縁結びになることを固く決意したかのように、堂々と「自信」に満ちた表情で、ひたすらひたすら電話をかけ続けた。
すると、三十分ほどしたときに、先程かけた知人のひとりから、彼女に”ある男性を紹介したい”と電話がかかってきたのである。その男性はBと同年代の医師で、数年まえからBのファンだったそうだ。
この時点で、Bはもちろん、その場にいたすべてのひとびとは、これを運命の出会いだと感じた。
二回目の放送分は、予定を変更して、Bと男性の実際の出会いを収録することになった。もうその場は最初から盛り上がっていた。ふたりは、会ってすぐ
に打ち解け、本格的な交際を始めることが決まった。
この劇的な出会いは、オンエアー前から、同じテレビ局の情報番組でも大きく取り上げられて注目を集めていた。初回と第二回の放送の視聴率は、深夜にも関わらず、いずれもけた違いの高い数字を叩き出した。
それ以降の回は、素人を出演させたが、一回の放送に複数人に「出会い」を利用させ、成功例だけを大きく取り上げることにした。
番組スタートの成功でさらに「自信」をつけた制作会社のスタッフたちに影響され、素人の出演者たちも皆無性に「自信」を持ちはじめた。すると、毎回誰かが出会いに成功するようになっていったのだった。
ワンクールを終えた時点で、深夜としては、テレビ局としても久々の大ヒットとなり、ゴールデンへの移行も視野に入ってきた。
S社長は万々歳であった。
「出会い」の利用者は、けたが二つ変わるほど増え、それにともなう広告収入もうなぎ上りに急上昇した。そして信じられなほどの金額が彼の会社に振り
込まれるようになった。
一年後
「出会い」は、若い女性の間に広く浸透していた。あの番組も、ゴールデンに進出し、好評を博していた。
S社長の会社は急成長し、コンサルタント会社から、しきりに株式の上場を勧められるようになっていた。数年をめどに準備していけば、十分可能ということだ。
彼の持つ行動力と「自信」は、多くの人から賞賛され、雑誌に紹介されるまでになった。
「出会い」の成功を知った企業家たちは、自分たちもAI占いを開発しようと挑戦したが、誰ひとり成功しなかった。「出会い」の成功は業界関係者たちの謎となった。当然、S社長は「出会い」がどのようにプログラムされているのか、企業秘密なのでまったく教えてくれない。
企業家Yは、そこで「出会い」の立ち上げからS社長とともに作業をした社員Tに目をつけて近づいた。「出会い」の秘密を盗むためである。
ちょうどTも、S社長に不満を抱いていた。寝食を忘れ、ふたりで「出会い」を成功させたにもかかわらず、今ではTはS社長にとって過去の人になっていた。前しか見ないS社長は、後ろに立っているTは視野に入っていなかったのである。
企業家Yは、社員Tと共同で占いの新事業を立ち上げることを条件に、TをS社長の会社から引き抜いた。Yはこれで自分も道は開けたとほくそ笑んだ。
Tは「出会い」の秘密を語ってくれた。
「『出会い』は出会いなんか占ってませんよ。できるはずないでしょ。それに、AIも使ってません。最初はS社長も使おうと思ったんですけど、やっぱり無理だったんですよ。それで、古本屋で心理学の本をいっぱい買ってきて、そこに書かれていた人間の行動パターンをつぎはぎして、プログラム化したんです。でも、AIが占っていることにしておきました。僕らがやっていることがわかったら、誰も見向きもしてくれないでしょう?」
「結局、利用者に『自信』を持たせるだけですよ。多くの人は『自信』がなくて、恋愛に失敗してきたわけですから。自信を持たせたら、多くの人の中には成功する人が出てくるわけですよ。簡単にいうとプラシーボ効果ですね。偽薬でも信じれば効果があるというやつです。
『自信』こそ、S社長が得意とするところじゃないですか?」
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