0人が本棚に入れています
本棚に追加
ヒトガタの夢は叶った。
ごろごろと死体の転がる路地裏で、呼吸をしていたのはアビス様だけだった。私は人の血に塗れて、彼の膝の上に抱かれていた。
「本当に、嬉しかったです。あの日、ガラクタの私を、受け入れてくださって……」
ひとつ言葉を紡ぐたび、体の中の歯車がきしんだ音を立てる。それでも私は、あふれる言葉を伝えずにはいられなかった。
「ありがとう、ございました」
「……僕の方こそだ。カヌレがいなければ、この突破口は開けなかった。取り返しのつかない無茶を、させてしまった……」
絞り出すように「ありがとう」をささやいたアビス様は、私を抱く腕に力を込めた。
血の通わない冷たい肌に、人の体温が心地いい。私は静かに、主の心臓の音を聞いていた。
「私、やっと、お役に立てたのですね……」
製造されて初めて、仕えた主を死なせずに済んだ。遅れてやってきた実感に、心から安堵する。
張りつめていた緊張が、切れた。私の掌からは、武器にしていた銀のナイフが滑り落ち、地面にぶつかってキンと音を立てた。
「可愛いカヌレ……。僕は、あなたを誇りに思うよ」
アビス様は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。でも、無理矢理に笑う。
「大好きだ」
「……もったいない、お言葉です」
胸をいっぱいに満たした、温かい何か。これが、幸福なのだと知った。故障していたはずの私の表情は、意識せずとも自然に動いていた。
「私も……心から、お慕いしております。アビス様」
瞠目したアビス様の瞳には、私の満面の笑顔が映っていた。
だが、それが最期だった。
バキン……
太い何かがへし折られるような音がして、私の体は完全に停止した。
最初のコメントを投稿しよう!