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「いけない」
油彩に使う用品だろう。ひとつ、小瓶を倒してしまったようだ。
ももは慎重にカンヴァスを置いて、それを拾う。手のひらに余るほどの大きさの瓶にはなにやら液体が入っていた。
「……ストリッパー?」
考えればわかることだったのだろうが、このときは実に頭がぼやけていた。なんだろうか、白いラベルに綴られた赤と黒のフランス語を眺める。
瓶をぐるりと回してみると、とろみを帯びた無色透明の液体が中で揺らいだ。
「油、かしら」
人間の好奇心とは、不思議なものだ。わからないならば放っておけばよいものを、その存在の不確かなものほど、ひどく魅惑的で、実体を確かめてみたくなる。
ももは右手で蓋をゆっくりと回し開ける。
「——おい!」
大きな声に、ももはびくりと肩を揺らした。刹那、左手に激しい痛みが走った。
「っ……」
——熱い。
「勝手に中を漁っていいとは許可して……どうした?」
背後から男が駆け寄ってくるが、ももは痛みのあまり、声もあげられなかった。
「剥離剤か」
男はラベルを確かめることもなく、ももの手の中から瓶を奪った。
「ごめん、なさい」
ヒリヒリと火傷のような強い刺激に、なんとか謝罪を述べるも声が掠れてしまう。ぐっと手首を掴んで、顔を歪めながらももはその先へ血潮が駆け巡るのをなんとか止めようとした。
男は瓶を置くと、「来い」と言って、ももの腕を掴みアトリエの奥へと引っ張っていった。
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