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第五話
不思議なことに、その次の日から、彼女は朝ヴェルノンのブーランジェリーで二人分のクロワッサンを調達するようになっていた。また、あるいはカカオの香ばしいパン・オ・ショコラを。できるだけ焼き上がる時間を狙ってヴェルノンまでの列車に乗り、三つ、四つ袋に詰めてもらって、光の丘に向かう。
彼女の新たな習慣は、同様に新たな発見でもあった。
「ボンジュール。ムッシュー・ロンベール」
朝のさわやかな空気にはいささか刺激的な香りを運びながら、ももはアトリエに顔を出す。
そこにシモンの姿はなかったものの、すぐに奥からのそのそと床を擦る足音が聞こえてきた。
「ボンジュール、マドモワゼル」と返した男のグレーヘアーには、ふわふわと寝癖がついており、口元にはもちろん無精髭も携えられている。起きたばかりにも、はたまたいつもどおりにも見える無防備な姿に、ももはかすかに眦を緩めながら、首に巻いたコットンのストールを外した。
「調子はどうですか」
「悪くないな。君は」
「私も、まずまずですね」
などと形骸的なあいさつを交わし終えると、男が、スン、と息を吸いこんで、ももの腕の中を見た。
「……パン・オ・ショコラか」
「はい。ちょうど、焼き上がったところで。よければ、いかがですか」
気難しい顔の男に、ももはたじろぐこともなく、紙袋を差し出す。
「君のは」
その香ばしい袋を一瞥したあと、シモンは彼女の顔を見る。
「別に包んでもらってあります」
言って鞄をぽんと叩くと、シモンは顎をしゃくった。
「そこに置いておいてくれ」
「テーブルに、ですね」
散らかった作業台を指差すと、彼はそうだと短く答えて、頭をがしがしと掻きながらそそくさと自分の城へと戻っていく。
その足取りがそこから出てきたときよりも幾分か軽やかなことを、ももは知っていた。
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