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パン・オ・ショコラにコーヒーといういかにもフランスらしい朝食を終え、二人は丘へと出ていた。
はじめてここに訪れたときは緑色の海が広がっていたというのに、いまはもうほぼ一面小麦色に染まっている。その小麦色の海原に、木製のイーゼルと男がぽっかりと浮かんでいた。
かさ、かさ、と紙を擦る音がする。いまにも風の音に混じってしまいそうな微々たるそれは、シモンが煙草を巻く音だった。
写し紙みたいな薄い紙に茶色い葉を載せて、それをこぼさぬように慎重に巻いていくという光景はスクリーンの中で何度か見たことがある。日本では見慣れない、巻煙草というやつだ。
彼は好んでそれを吸っているようだった。一日に、二回から三回。制作に夢中になっているときは、まるきり吸わないこともあった。ちなみに、それ以外にほかの煙草を吸っている姿は見たことがない。
斜め後ろ、絶好の特等席から、ももはシモンを眺めた。
太い指先で器用にジャグとフィルターを紙の中に封じ込め、唇に咥えるとライターで火をつける。その一連の動作は、無愛想なシモンの顔をいかにもそれらしく彩るに値した。
一口目を深く吸ったあと、紫煙を大胆にくゆらせて、画家はカンヴァスに向き合う。
今日はどんなものを描くのだろう、ももは苦い香りを感じながら彼の一挙一動を見守った。その反面で、シモンがすぐには描き出さないことも知っていた。
どこから筆を入れようか、あるいはどんな色にするか考えているのか。はたまた、まったく別のことか。ともかく、指先に挟んだ煙草をたまに二、三口吸いながら、じいっと、睨むとも、観察するともどちらともつかぬまなざしで男はまっさらな世界を見つめているのだ。
彼女も、シモンに倣ってカンヴァスを見つめることにした。
もしかすると、自分もそこになにかを見出せるかもしれない。そんなふうに思ったのだ。
真っ白なそれは、太陽をまっすぐに見つめたときにもよく似ていた。
目映くて、目の奥がツンとするような——慌てて瞳を閉じても、しばらくその残像がまぶたの裏にこびりついて離れない。
はやく、はやく、描いて欲しい。ももは、目を逸らしながら思っていた。
白を、あらゆる色で塗り潰して欲しい。彼の手でもって、今ここでカーテンをかけて欲しい。大きな背中に無言の救いを求める。
「手は、もう平気なのか」
すると、それが通じたのか否か、煙草を指先とって、シモンは振り返らずに訊ねてきた。
「おかげさまで。赤みもすっかり引きました」
ももは咄嗟に手のひらを出して、ぐーぱーと開いたり閉じたりを繰り返して見せながら答えた。
剥離剤を浴び、しばらくはただれていたものの、彼が機転を利かせてすぐさま洗い流してくれたこともあって、それ以上は酷くならなかった。
「ならいい」
シモンは言うと、そばに置いた道具箱から絵の具のチューブを取って、パレットではなく小皿にそれを出し始めた。
相手の目を見ることもなく、常どおりの素っ気なさだが、ももが気にすることはなかった。
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