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第六話
ヴーヴー、鳴り止まない携帯のバイブレーションに、ももは眉を顰めながら布団からら手を伸ばした。
「ボンジュール」
画面をタッチして、そこに映し出された名前すら確認せずに耳に当てる。
聞こえてきたのは、おはよう、という母国語だった。
「……ごめん、寝惚けてた。おはよう」
といっても、こちらはまだ朝の五時だ。起きるには少しだけ早い。
「いっくら電話しても繋がりませんってなるから、番号変えたのかと思った」
そう息を弾ませて捲し立てるのは、高校時代からの友人の沙希だ。
「ごめん、今、パリにいて」
ぎゅっと体を丸めながら、ももは掠れ声で答える。九月も終盤に差し掛かり、華の都と呼ばれる憧れの街も朝方はかなり冷え込むようになっていた。夜着のガウンも、薄手のものから厚手のものに変わっている。
「パリ!?」暖かなシーツの中で響いたのは、沙希の叫びだった。
「そう、言ってなかったけど」
あまりの声量にできるだけ携帯を離して答える。
「本当、SNSも一切更新されないし、メールも繋がらないし、ついに失踪したか? と思ったら、パリに……」
「失踪って。そんなおおげさな」
それだけ心配だったの! と良い添えられて、ももは閉口する。
たしかに、単身フランスに飛ぶことを知っているのは家族だけだった。沙希の言うとおり、SNSには一切載せていないし、ついでに、チャットアプリは端末から削除済み。アカウントは残ったままなので、もし、再び開いたら凄まじいことになっているかもしれない。
ひとりでにゾッとしたももはひとつ身ぶるいをすると、どうにもじっとしていられなくなり、シーツから這い出て湯を沸かすことにした。
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