第六話

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 結局、あのまま二度目の眠りにつくこともできず、ももは早朝から動き出した。  それも、珍しく北部へと向かう列車に乗ることなくジメジメとしたメトロに揺られ、辿り着いた先はプラス・モンジュ駅だった。なにか大事な用があったわけではない。ただ、今日だけは、気分だったのだ。  プラス・モンジュ駅はパリ五区に位置しており、アパルトマンのあるトルビアック駅からは約五分、七番線の駅だ。もものお気に入りの場所のひとつでもあった。  駅を少し出て坂道を登ると黄色い看板のファーマシー(ドラッグストア)があって国産の化粧品をかなり安く買えるだとか、近くのブーランジェリーのカスクートが絶品だとかそういった理由もなくはないが、駅を出てすぐの坂を登り、そして、下っていくと、カルティエ・ラタンの街並みが広がるのだ。  朝早いこともあり、ブーランジェリーくらいしかシャッターは開いていないが、散歩にはうってつけだった。  絶品のカスクートを手に入れて、しばらく漫然と歩く。朝のさっぱりと空気に包まれたパリの街並みは、ただの日常を映し出しているだけなのに、やはりどこを切り取っても絵になった。  古き良き時代の雰囲気を残した街、それはヴェルノンもジヴェルニーも変わらない。だが、どちらかというと——いや、せっかく、パリにいるのだ。  ももは脳裏に浮かぶ光景を今だけは隅へと追いやって、カルティエ・ラタン散策に勤しんだ。
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