第六話

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 左手に馴染みの黄色と赤のファーストフード店のガラス窓を眺めながら、向かいのアンティークショップに立ち寄っては、沙希に頼まれたカフェ・オ・レ・ボウルを探し、リュクサンブール公園で風にそよぐ小さな帆を眺めてみたり本を読んだり――そんなふうにとりとめもなく午前を過ごして、昼はルーヴルへ向かった。  ルーヴルは相変わらず大変な盛況ぶりだった。チケット売り場は長蛇の列、さすがは世界でも有名な観光地。ただわそれを見越していたももは、事前に観光案内所でチケットを買っていたので、入場口の列に並ぶだけで済んだ。  ルーヴルに気が済む――あまりに広すぎるため、ドゥノン翼を最短コースで回るという荒技に走ったのだが――と、午後はオランジュリーとオルセーに向かった。  オランジュリーはモネの大作「睡蓮」が、一方オルセーでは、モネはもちろん、マネなどの名だたる印象派画家たちの作品が数多く飾られていることで有名である。  もとよりこれほど美術館を巡るつもりはなかったが、気がつけば足がそちらへ向いており、ももはこれまで生きてきた中で見た絵画の数をはるかに凌駕する枚数をその目に納めることとなった。  本日三つ目の美術館を出る頃には、たしかな疲労感を感じていたが、懲りずに売店で印象派に関する本を買った。  夜は、寒いからかラーメンを食べたくなり、目に入ったジャパニーズ・レストランに入った。だが、日本人の経営する和食店ではなく、海外ではよくありがちな日本人以外のアジア人が開いている店だった。  客はもも以外に誰一人おらず、店の奥からテレビだかラジオだかの天気予報を告げる声がやけに響いている。 「チクショウ、明日はどしゃ降りだと」という店主のぼやきをよそに、ももはメニューを開き、中央にドンと押し出された『ヤキニクテイショク』を無視して、隅に載っていたラーメンを頼んだ。  妙に胡椒の効いた醤油ラーメンは、ひと言で言ってしまえば物足りなかった。細いんだか太いんだか、よくわからないふやけた中華麺も、醤油を湯に薄めただけのようなスープも、インスタントラーメンを買ったほうが、幾分かマシだとももは失礼ながら思った。不思議と膨満感はあったが、気分的には自分の足尖を見つめたくなるような、そんな感じだった。  きっとラーメン以外も似たようなものだったのだろう。いや、もしかすると、イチ押しの焼肉定食だけは、違ったのかもしれない。そんなことを考えたがあとの祭りだ。  帰り際、店員はももに、「謝謝(シェ・シェ)」と言った。これも、よくありがちなことだった。ももは肩を竦めて、ぎこちない愛想笑いを返すと外に出た。となりのケバブ屋のいい匂いが鼻腔を掠め、自然とため息が漏れた。
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