第十四話

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第十四話

「きみの話をしてくれないか」  行為のあと、シモンはももを見つめて言った。  その顔に表情はない。淡々としていて、ほんの少し事後特有の気だるさと婀娜(あだ)っぽさを孕んでいる。彼女もそうであった。  シーツに吸い込まれるような体の重さと、ふわふわと雲に乗るような幸福感とに包まれ、ももは話した。  日本のさほど大きくはない都市に生まれ、不自由なく育ったこと。自然と文明とに(はぐく)まれ、幸せな幼少期を送ったこと。それから、中学、高校、大学まで船に乗って輸送されるように進み、教師になったこと。だが、本当は、引っ込み思案な女の子だったことも。 「どこにでもいるような、女の子だったわ。きらきらしたものが好きで、ビーズや文房具をよく集めてた。流行(はや)りのものがあると、よくそれにもとびついていた」  自分の右腕を枕がわりにして、昼中(ひるなか)のまどろみに包まれながら、あなたは? そう訊ねようとしてももは言葉を飲み込んだ。  向き合った彼の瞳が()いでいる。 「なにが流行っていたんだ」  彼の大きな手が彼女の頬にかかった髪をそっとよけた。 「そうね、香りのついたペンや消しゴム、それからシールなんかも集めてた。キャラクターだとハムスターのアニメかしら」  猫のような気分を味わいながら、ももはその手の心地よさに目を細める。  記憶の箱を開くときは、いつもそこに苦渋がついて回ったが、今このときだけは違った。くすんだダンボール箱を開けて、思い出の品を手に取り懐かしむ、そんな気楽さがあった。 「そうか」  シモンは彼女の言葉を受け入れる。そこには続きを催促する音色も含まれていた。 「こう見えて、成績は悪くなかったの。いつもテストはクラスの上位だったし、授業も真面目に受ける子どもだった。ただ、声を上げるのがとても苦手で、ほら、いるじゃない? にこにこ机に座って、ひと言も発せず、一心に板書を写している子。それが、わたしだった」  昔から、いわゆる優等生の部類であった。少し周りの空気を読むのが得意で、ちょっぴり要領がいい。だが、比較的目立つわけでもなく、授業中に前の子にちょっかいをかけたり、不必要なおしゃべりをして邪魔をすることもない。その空間に座り、目の前でクラスメイトと教師とのやりとりを静かに笑いながら眺めている子。ときおり、ノートの端に落書きをしたり、午後の陽気に船を漕いだりすれど、たいてい通知表の授業態度は二重マルがついていた。 「だが、君は教師だったんだろう。なら、なぜ教師になったんだ?」  いかにも議論好きなフランス人っぽい質問だと思った。そうね、微苦笑を浮かべながら、ももは答える。 「なんでだろう、いつのまにかそうなるのが自分の道だって思っていたから。今思うと、不思議かも。でも、引っ込み思案が矯正されたのは中学生のときだった」
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